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天の国の鑑

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

鑑とは古くは磨いた金属でできており、人の姿を映して見る道具であった。鑑に照らしてよく観察することを鑑みると言う。それが前例、手本に照らして考えるという意味に転じ、お手本や模範のことも鑑と言うようになった。

童話「雪の女王」には、物を映す方の鏡が登場する。或る時、悪魔たちが巨大な鏡を作った。映るものが皆醜く、悪意ある嫌なものに見える歪んだ鏡である。悪魔たちは面白がって、この鏡を掲げて天に昇って行った。神様や天使たちをこの鏡に映してみようというのである。だが天に満ちあふれる光で鏡は割れてしまい、天の国に近づくことも出来なかった。割れた無数の破片は地上に降り、人間たちの心臓と目に刺さった。冷たく残酷な心を持った人間や、悪意を持って物事を見る人間が大勢いるのは、こうした訳なのだ。とアンデルセンは書いている。

19世紀の詩人の想像力が生んだ物語は、現代では微笑ましく受け取られてしまうかもしれない。

しかしそれでも、むしろ天の国にこそ、愛と許しで出来た鏡があって、その破片は降って来ているのだ、と考えてはいけないだろうか。天から来た鏡の破片が私たちの目と心に宿り、隠れている優しさや美しさを見つけて照らすのだ、そして私たち自身も照らされるのだと考えてはいけないだろうか。そうすれば、人の瞳に美しく輝く瞬間がある理由が分かるのである。自分を忘れ、透き通ったようになって他人に尽くす人がいる理由が分かるのである。

鏡の破片は、私たちに良きものを沢山見つけさせ、私たちの目に世界をより美しく、愛のある場所のように見せることだろう。そして私たちがそう信じて行動すれば、不思議と世界はそれに応えてくれるのではないだろうか。希望をこめて、そう思っている。