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神の呼びかけ

植村 高雄

今日の心の糧イメージ

 <神の呼びかけ>という言葉は、心理療法の世界ではしばしば出てくる治療課題です。Aさんは<神の呼びかけ>を感じて修道院に入りました。また、Bさんは、<神の呼びかけ>に応えて修道院に入りましたが、そこで過ごすうちに、自分には他の使命が与えられていると感じ、修道院を出ました。このように、或人は<神の呼びかけ>を意識して生きています。日常生活で見られる<神の呼びかけ>をどう解釈したらいいのでしょう?

 <神の呼びかけ>を信じて行動したジャンヌダルクは、歴史上の人ですから、私たちは気楽に解釈出来ますが、現代の飛行機事故を伴う自爆テロ等を見ると、そう気楽に考えるわけにはいきません。

 さて法治国家である日本で生き抜く場合の<神のよびかけ>が正常なものか異常なものかを識別する基準は、2つあります。1つは呼びかけに応じた本人が本当に幸福になれるかどうか、2つ目はその選択の結果<自己肯定、他者肯定>になれるかどうかでしょう。<自己肯定、他者否定>になったり、逆に<自己否定、他者肯定>であれば、それは心理療法上問題があります。<神は愛なり>ですから、人類全てが幸せになる道、答えは必ず存在していると私は信じています。どれがその答えかは、知恵と努力を払う必要があります。

 <神の呼びかけ>は大事な思想ですが、慎重に思索し識別しないと、大きな混乱を世界に与えます。難しい神学や世界論争の前に、先ずは身近な人間関係、特に<わたしとあなた>の関係の中で愛し合い、大事にしあうことを<神の呼びかけ>と考えて隣人の世界から幸せを創り上げ大切にしあって生き抜いていきましょう。