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母の後ろ姿

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

 私の姑である新井ヨシノさんの話をします。

 彼女は18歳で助産師の資格を取ってから、92歳で死ぬ時まで、現役の助産師でした。背丈は145センチほどの小柄な体つきでしたが、いつも背筋をぴんと伸ばしている、元気ものでした。

 彼女は47歳の時、夫を亡くします。彼女のもとには幼い2人の子供と、1年前に夫が始めた文具店が残されました。文具店を開業したとき借りた大きな借金もありました。

 戦後のベビーブーム時代で彼女の助産師としての仕事は大忙しでした。一晩に2人のお産が重なって困ったこともあるほど大繁盛していました。助産師仲間から言われました。

 「文具店は閉めて、助産師に専念したら」。

 「それはできない。父ちゃんが苦労して始めた店をつぶすなんて」彼女は文具店と助産師との2つの仕事を続けたのです。

 しばらくしてベビーブームは去り、助産師の仕事は減っていきました。ところが、ベビーたちは成長して、やがて小学生になり、文具店のお客様となって押し寄せてくれたのです。

 新潟大火も新潟地震もありました。地震の後に、息子の大学進学が控えていました。親戚や友達から言われました。

 「就職させたらいいよ」。

 「それはできない。子供たちを大学へ進学させることは、死んだ父ちゃんとの約束だから」。

 彼女は苦労して大学進学のためのお金を工面したのでした。

 2人の子供は大学に進学し、卒業すると目指していた会社に就職することができました。

 人生の岐路に立たされたとき、人から何と言われようと彼女は自分の信念を曲げませんでした。それが成功につながったのだと思います。自分の信念は決して曲げない。それは亡き夫と2人の子供への深い愛があったからだと思います。