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豊かな心を養う

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 豊かな心。それはどんな心のことだろう。心は誰の裡にもあってその人自身でもある。心はその人を入れる器とも言えるだろう。豊かな心とは、自分の喜怒哀楽だけでなく、美しい自然や遥かな時間、時には自分以外の人々をも抱き入れることの出来る器ではないかと思う。そんなことを考えたのは、或る光景を見た時だった。

 夕方、都心のバスに、四歳くらいの男の子と母親が乗って来た。疲れて、ステップに足も上がらない男の子を、母親が叱りつけながら、引きずり上げるようにして、やっと乗車した。男の子は泣き声で駄々をこねている。母親も抱っこかおんぶをしてやりたいけれど、小柄な彼女にはままならない。男の子をぶら下げるようにして、困っていると、一人掛けの座席から、女の子がすべり下りて、「ここにどうぞ」と小さい声で言った。5歳か6歳くらいに見える。座らせてもらった男の子は、丸めた毛布のようになって、すぐ眠ってしまった。

 小さな男の子を救ったのが、体力のある大人たちでなく、同じ無力な子どもであったとは。そう思って、私は胸を突かれた。だが、女の子にとっては、自然なことだったのだろう。女の子には男の子と母親のつらさがわかり、当たり前のように、二人へ心を傾けたのだ。身体は小さくても、その時、傾けて二人を入れた器はとても大きく、豊かだったに違いない。

 男の子の母親は、身体を屈めて、女の子に御礼を言っていた。本当に嬉しそうに。育児の苦労や孤独が、どれほど軽くなっただろう。女の子も嬉しそうだった。子育てをしている母親も、愛情にあふれる豊かな心の器を持っている。思いやりをこぼし合っている二つの器は、豊かに輝いているように、私には思えた。