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繰り返し

服部 剛

今日の心の糧イメージ

この冬、息子の周は重いてんかんを治す食事療法のため、神奈川のこども病院に入院し、私と妻は交代で面会に通いました。病院の廊下には同じくダウン症をもつ書家・金澤翔子さんが以前にこの病院を訪れて書いた【共に生きる】という優しくも猛々しい文字が飾られており、私はいつもその字をひと時みつめ、<よし!>と心を強くしてから息子のいる病室へ向かうのでした。

翔子さんが【共に生きる】という字を書いた講演会の後、私達は母親の泰子さんと初めて話をしました。あれから2年、翔子さんの魅力ある作品の秘密を伺いたく思い切って電話をすると、泰子さんは穏やかに私の質問に答えてくださいました。

「翔子が書道を始めた頃、字を書く時に平行の感覚を理解できなかったので、外を歩いては線路を見せました。また、文字の右上がりの箇所については一緒に坂を上り、その感覚を伝えました。毎日翔子は般若心経を写し、思うように書けず涙を流していましたが、諦めず書き続けていました。そのくり返しが今の翔子の作品の土台になったと思います。ダウン症をもつ人は世の中に汚されることのない純粋な魂の持ち主で、翔子が字を書くと天とつながっているようなハッとする瞬間があります。夫に先立たれても、私にとって書道という存在があったからこそ、今日まで翔子と共に生きる道を歩めたのだと思います」

私は「息子は5歳ですが、話すことも歩くこともできなくて...」と言うと、泰子さんは「5歳なの? いいわね、これからよ!」と明るく応えてくださいました。電話を終えた後、私は息子の秘めた可能性をゆっくり引き出す極意を教えていただいたようで、心の中に仄かな希望の明かりが灯るのを感じました。