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旅立ち

シスター 山本 久美子

今日の心の糧イメージ

私の新しい旅立ちを励まして下さったのは、一般企業で働いていた頃の上司の「自分の夢を大切に、幸せに」という温かい言葉でした。

当時、日本は経済成長期で、「企業戦士」と呼ばれた男性社員は、自分の健康や家庭を顧みずに会社の激務に邁進していた時代でした。女性も例外ではなく、ひたすら会社の大きな目標である「利潤追求」に向かって、残業の日々を送っていました。世間一般の価値観からは、それなりに名の通った全国規模の会社で、就職希望者も多く、表面的な待遇もよく、順調な生活と見る人も多かったかもしれません。しかし、洗礼を受けてクリスチャンになったばかりのころの私には、必死に目に見える業績ばかりを追求し、競争していかねばならない社会の価値観に虚しさと葛藤を感じ、もっと人と人との温かい関わりがあるはずだと思い、会社を退職することに決めました。

しかし、一般企業で過ごした日々は、私の貴重な人生経験として度々思い出されます。自分の都合を後回しにし、長時間におよぶ残業や休日出勤、転勤、単身赴任等を余儀なくさせられ、大きな組織の中で厳しい状況下で働くということがどういうことかを目の当たりにしました。そんな中でも自分の立身出世を求めるだけではなく、却って他者を気遣う言葉かけや礼儀を怠らず、部下の衣食住に関することまで気を配る人にも出会いました。並々ならぬ苦労の中で、己の行動を律すること、若い人々を育てるということの大切さも学びました。

退職するにあたっては、思いがけず、深い理解を示してくださった上司の「幸せに」という言葉は、私の折々の「旅立ち」の際に思い出される言葉の一つとなっています。