

父は私が23才の時に永眠したが、それまで、父に怒られたことも、叩かれたこともない。
他の四人のきょうだいもそう言っている。
しかし、私は父に注意を受けたことがある。
「手でしたことはなおせるばってん、口で一度言ってしまったことは引っ込められんけん、口には気ばつけんばよ、しゃべる時には、ようよう考えてから口に出さんばよ」と、何度も注意を受けた。
おしゃべりの私が人に迷惑をかけたり、怒らせたりしないようにと願っての父の忠告であったと思う。
「よか話ばいっぱいしゃべってもよかとよ。よか話しか日頃からせんように気ばつけとけば、とっさの時にも失敗せんとよ。そのためには神父さまや教え方さまの話ばよくよく聞いて、心がけとかんばよ」と。
おかげさまで、今年80歳になるが、口でしくじったことは、私が覚えている限り少ない。
経済的に裕福に育った友人たちは、親の形身として、指輪やネックレスなど高価な形見を持っているが、私にはそういう物質としての形見はない。
しかし、十年ほど前、『ことばの形見』という本を刊行していただいた。その本のタイトル通り、父母からもらったことばの数々を紹介した本である。これが、父母からの形見である。
全国の読者の方々より「こんなことばはわたしの親もよく言っていた」と読後の感想が届き、著者としては嬉しかった。
さて、この世における最大のことばの形見は何であろうか?
私は「新約聖書」の中にある、イエスさまが生前お話になられたみことばの数々であると思っている。その言葉は重く、そして深い。
歳を重ねるごとに、私の心に重く、深く、しみ通ってくるのである。