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言葉の重み

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 「言葉を旅立たせるのは私である」と書かれたのは詩人の井坂洋子さん。詩集「バイオリン族」のあとがきである。

 「詩人は作品を生み出すことはできても、自分だけのものにはできない。詩の言葉は留(とど)まらず、旅立っていく宿命を負っているから。だが旅立たせ、送り出すのは自分である。私の言葉たちには旅をする力を与えてある」という書き手の強い意志と自負が込められていて、今も鮮やかに私の心に残る一行である。

 そして言葉を送り出すのは、何も詩人や作家ばかりではない。
 私たちも皆、日々さまざまな感情を乗せて、言葉を送り出している。深い愛情を伝える言葉もあれば、長い人生経験から出た知恵を乗せた言葉もある。それらには重みがあって、受け止めた人の心の底まで沈んでいくようだ。

 スポーツ選手の引退式を何度か観たことがある。彼らが選手を辞めて去って行く時、発せられる言葉は決して軽くはない。

 つい最近も、プロボクシングで前の日本チャンピオンの引退式があった。彼は所属ジムの会長やコーチ、ファンや支援者たちに感謝を述べたが、「皆様のご支援のおかげでチャンピオンになれました」と言った時、大きな歓声が上がった。
 彼は王座に就くのに時間がかかった選手で、不遇の中でも諦めない姿勢に大勢のファンがつき、「中年の星」と呼ばれた。試合ではファンの嵐のような声援が彼の背中を押し、大波のようなコールが彼を守るので有名であった。応援への感謝の言葉は形式的なものではなく、事実の重みを持っていたのである。

 人々の声援は、働く自分たち自身にも送られていたのだと思う。苦しみに折れないで生きていきたい。中年だからこそ負けない。勇気と希望の重みを乗せ、声援はまた旅立って行った。

 * 参考文献 詩集「バイオリン族」(思潮社) 井坂洋子