

かつて勤務していた児童養護施設でのことです。その日私は、担当していた高校生の女の子から、自分が人間失格なのではないかと思うくらいにメチャクチャに言われ、これ以上ないくらいに落ち込んで修道院に帰りました。
そのまま聖堂に行き、「イエス様、私はこんなことを言われて、ものすごく落ち込んでいます。ダメな人間です。明日どんな顔をして出勤したらいいですか?いえ、出勤できそうにありません。」と訴えました。
しばらくすると、こんな考えが湧いてきて一気に
すると途端に元気になって「神様、ありがとうございます。このことに気づかせてくださって」とお礼を言って、平和な気持ちで自室へ戻ったのです。
状況は何一つ変わっていません。私は高校生から罵倒されて帰ってきました。発言の取り消しも謝罪もありません。でも、彼女のことばに傷つけられたという否定的な感情は、すっかりなくなっていたのです。
そして、翌朝は「おはよう!」と元気よく子どもたちのところへ行くことができたのです。
私が、自分の人間性を否定されたという思いから離れることができなかったら、翌日は相手の高校生の目につかないように、できるだけ出会わないように、逃げ回っていたことでしょう。
この出来事は、私に人の言葉で自分の存在価値をはかるのではなく、神の前にある私を見ることの大切さを教えてくれました。