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健やかさの源 ―健やかな生活―

竹内 修一 神父

今日の心の糧イメージ

 健やかな生活――私たちは、それを、どのように整えることができるのでしょうか。

 日々の生活の中で、私たちは、自分の思いとは関係なく、実にさまざまなことに出会います。時には、(なぜこんな苦しみを体験するんだろう)、といったこともあります。しかし、それが現実です。その意味で、現実は、常に私たちの理解を超えていると言えます。

 旧約聖書の『箴言(しんげん)』には、次のような言葉があります。「心に喜びを抱けば顔は明るくなり/心に痛みがあれば霊は沈みこむ」(15:13)。(そうだろうな)、と思います。身心ともに健康であってほしい――それは、極めて自然な思いです。私たちの心と身体は、本来一つであり、決して対立し合うものではありません。でもこの統合は、いったい、何によって可能となるのでしょうか。

 中国では古くから、「気」は「万物生成の根元力、身体の根元となる活動力」と考えられているようです。孟子は、次のように語ります。「われは善くわが浩然(こうぜん)の気を養えり」(『孟子』公孫丑(こうそんちゅう)・章句上(しょうくじょう)より)。
 その意味は、『日本国語大辞典』によれば、「公明正大でどこも恥じるところのないたくましい精神を育てる〔こと〕。転じて、のびのびとして解放された心持(こころもち)になる〔ということのようです〕。」

 一方、パウロは、次のように語ります。「あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿で〔す〕」(1コリ6:19)。
 自分の体が神殿である――実に驚くべきことです。でもそれは、もし聖霊が注がれるならば、可能となります。

 聖霊は、私たちの身体中をまったく自由に吹き抜けて行きます。そのような時、私たちは、きっと健やかな生活を営むことができるのでしょう。