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言葉の重み

コリーン・ダルトン

今日の心の糧イメージ

 米国、公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは偉大な説教家で、言葉の力を操る術(すべ)を心得ていました。「私には夢がある」という演説は日本人にも広く知られ、他にもよく引用される名文もあります。何度聞いても心動かされるのはこれです。

 「最後に私たちが覚えているのは敵の言葉ではなく、仲間の沈黙なのです。」(1968年)

 友による裏切りの方がもっと重く心にのしかかる、という考えはさほど新しいものではないのですが、キング牧師はそれを巧みに言ってのけました。

 修辞的技法(レトリック)によって、彼の台詞はより記憶に残るものとなりました。言葉と沈黙、敵と友といった相対するものを上手く並べて置いています。

 一つ目の対置には目を見張ります。人々はよき友情を盛り上げるために、〝言葉とくれば行動〟と予想しますが、予期せず沈黙をあてて、大きな落胆を伝えることで、より大きな効果を生み出します。

 ああ、自分は友のためにいつ声をあげなかったか? 友が私を守るために何もしてくれなかったのはいつか? と顧みるのです。

 二つ目の対置、敵と友はよくあるものです。キング牧師は公民権運動という特殊な文脈で人種の平等を訴えて、この言葉を発しました。友とは人種差別を罪として理解した人々、敵とは人を肌の色で判断する人々でした。

 ところが、今日(こんにち)この敵と友という言葉のセットは危なっかしい技法として、複雑な世界を単純化して二分するためによく使われています。この人は友人で、あの人は敵です、といった具合に。
 しかし、今日(こんにち)切実なまでに必要とされる言葉は、対置するのではなく、私たち人類がともに歩んでいくために、この多様な世界にあって私たちを結びつける、特別な言葉なのです。