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豊かさ―豊かな生き方―

竹内 修一 神父

今日の心の糧イメージ

 豊かな生き方とは――と考えてみたら、「足るを知る」という言葉が思い浮かびました。これは、『老子』の中の言葉「知足者富(ち そく しゃ ふ)」で、「足るを知るものは富む」という意味のようです。自分の持っているものに満足して安んじる。「足るを知る」とは、しかし、決して単なる妥協ではなく、むしろそこには、もっと積極的な意味があります。

 「足るを知る」――それを生きる人は、いったいどのような人なのだろうか、と思います。多くの聖人が思い出されますが、その一方で、やはり良寛さんのことが、思い浮かびます。「鉄鉢(てっぱつ)に明日の米あり夕涼み」――これは、彼の句の一つです。托鉢の時に使う器には、とりあえず明日のための米がある。これで一日生きることができる。穏やかで慎ましい生活です。

 聖書にもあります。
 「いったいあなたの持っているもので、いただかなかったものがあるでしょうか」(1コリント4:7)――そう語ったのは、パウロ。彼によれば、すべては神から与えられたもの。ですから彼はまた、次のように語ります。「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)。自分は、ただキリストで満たされている。それが、自分の豊かさそのもの。

 イエスは語ります――「心の貧しい人々は、幸いである」(マタイ5:3)。ここで語られる「貧しい人」は、「柔和な人」と、語源的につながっています。貧しさにこそ、真の柔和さが現れます。
 「心の貧しい人」とは、「霊において貧しい人」「神以外に頼るもののない人」とも言われます。つまりそれは、どんな悲しみの中にあっても、ただ神の前に背をかがめて、神への信頼を貫く人。

 ここにおいて、「心の貧しさ」と「豊かさ」は、一つになります。

 *参考文献「知足者富(ち そく しゃ ふ)」:老子『道徳経』第三十三章