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豊かさ

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

 私の一日で最も豊かな時間は、夜にピアノを練習するひと時です。一日の仕事を終えたとき、旅から戻ったとき、あるいはしっかり休養した後、一人で2時間、ピアノと語り合いながら練習するのです。

 次々と楽しく曲を弾いていくこともあれば、暗号を解くように緻密に楽譜を読み込んで弾くこともあります。最近は、所属する聖歌隊のために歌や発声を練習する時間も取っています。これもピアノに触れる時間です。

 物心ついてから、高校時代にアメリカに留学していた時期を除き、夜にピアノをさらう生活はほぼ変わっていません。受験のため長期でレッスンを休んでいたときもそうでしたし、いまも演奏の本番間近でなくても、ピアノとの時間は必ず取っているのです。旅や仕事で弾けない日があると、なんだか指が妙な感じになり、食事を一回抜いたような気さえするのです。

 私にとってピアノを弾くことは、技術や音楽性を磨くといった「目的」を達成するためだけの行動ではありません。それは深い自己内対話でもあり、祈りの時でもあると思います。

 原稿がまとまらないとき、仕事で(つまず)いたとき、日常の悩みにぶつかったとき、あるいはただ、静かに心を沈める必要があるとき、ピアノはいつもそこにいて、私の「指の言葉」に付き合ってくれるのです。弾いているうちに気持ちがふっと整ったり、原稿のアイデアが浮かんだり、あるいは「神様からのお答えだ」と思う啓示めいた(ひらめ)きが訪れたりもします。

 誰も見ていない、誰にも聞かせていない秘密の時間。けれど、心の豊かさを保ってくれる泉のような時間。

 魂の泉を絶やさないためには、こういう豊かさを守ろうと思う意思が必要だと私は感じています。