

人間は一人ひとりユニークな存在です。
自分とまったく同じ人間は決していません。生まれた国、民族、容姿、言語、文化、生活習慣などの違いは、わたしたち人間の多様性を生んでいます。
ただ、わたしたちが多様で一人ひとり違っていても、同じ人間として一致できるものがあると思います。
私がその一致を強く実感できたのは、二十歳で受けた洗礼式のときでした。
ローマのサンピエトロ寺院で教皇ヨハネ・パウロ二世によって、キリスト教信者の少ない様々な国から選ばれた30人と共に洗礼を受けました。
そのため、実に様々な国の人々がミサに参加していました。
外見も言語も違う多様な人々が同じ信仰をもち、教皇のもとに心を一つにして祈る様子に深い感銘を受けたことを、昨日のことのように覚えています。
そもそも「カトリック」とは「普遍」を意味し、民族や文化、言語などを超えて一つとなる教会を指します。
昨今、日本の教会にも、フィリピン、ベトナム、ブラジルなど多くの国から来た人々が集うようになりました。高齢化する日本人に代わり、外国籍の若者や子どもが多くなっています。
典礼で交わされる祈りの言葉や歌声が、複数の言語で響く光景は、まさに多様性と普遍性の具体的な姿です。
違いによって人を差別したり、排除したり、争ったりする歴史は、どの国や社会でも繰り返されてきました。
人間を一人ひとり違う存在として創られた神様は、その一人ひとりを愛しておられます。多様性の中に、神様の豊かさを見て、自分とは違う人を大切にすることは、神様のみ心への忠実さだと言えます。