▲をクリックすると音声で聞こえます。

担い手

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ

 「担い手とは」と考える内に私はイエス様に行き着いた。

 長女をカトリックの幼稚園に入れたことがご縁で、普遍の真理を求めていた夫が、イエス様の教えに悟りを得たのか、洗礼を望んだ。反対していた私も心開かれ、二人の幼児を連れて一家で洗礼を受け、神の子となった。

 そして多くの出会いとイエス様との繋がりの中でありのまま神に愛されている自分を感じて、心配性だった私は全てを神の愛に委ねて安心して生きられるようになった。
 それで心の不安を嘆く友人たちひとり一人が神の無限な愛をいただいている事を知って安心して生きてほしい・・・そんな思いに駆られて「担い手」のトップにイエス様のお名前を挙げたくなった。

 父である神の、人類への壮大な愛のご計画でこの世に送られた、神の独り子イエス様は、神の力を秘め持ちながら人として悲しみや苦しみ、差別など経験された。

 そして十字架上でいのちを捧げて人類の罪を( あがな)い、三日目に復活して新しいいのちを注ぎ、私たちを友と呼んで人生を導いて下さっている。何と二千年以上もの間、休みなく。
 これはイエス様をこの世の担い手・救いとして遣わされた神の、人類に対する大きな愛の(あらわ)れではないかと私は思うのである。大好きな「御手(みて)の中で」の聖歌を歌いながら。

 イエス様は言われた。
 「心を騒がせるな。神を信じ、また私を信じよ。」と。(マタイ14・1)

 願ったことが叶えられたから信じるのか、神のみ旨を信じて委ねるのか・・・。

 私たちが自主的に心から信じることをイエスさまは望んでおられる。その真意は深くて大きい。

 神と共に喜びに満ちて永遠のいのちを生きる天国の幸せを思うとき、私の心は未来への明るい希望と夢でいっぱいになるのである。