

「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」(マタイ9・36~38)
1998年のアジア特別シノドスは、日本のカトリック教会にとって記念すべき出来事となりました。
前年にバチカンの事務局からアジア各国の司教団に多くの問いが送られ、それに応えるべく日本の司教団も各教区にそれをおろし、回答を集めて検討しました。
例えば、日本での宣教の実り、信者数の増加が
バチカンでは神の国の実現のために、イエスの言葉と生き方に表れた神の価値や考え方が少しでもこの世で実現してゆくよう、それを伝える「働き手」が必要で、やはり「働き手が少ない」と感じたのでしょう。
これに対する日本の司教協議会の答申内容は実に興味深いものでした。
宣教が単に数によって量られるのではなく、神の福音を伝える人々が喜んで宣教をしているかが重要ではないかと、問い返したのです。
これは、「神がこの世を愛し、自ら私たちに近づき、その独り子を世に送ってくれた。私たちの一人となってくださった」ことによって、私たちも、目に見える形で神の国とその価値、その生き方に倣って歩んでゆくための具体的な例を示してもらえたと思います。
日本の司教団は、神の国の担い手は自発的にイエスの生き方に励まされて、喜びをもって働くことが大切であると思い出させてくれました。
このシノドスでは日本の代表司教たちの発題が拍手をもって受け入れられ、世界を驚かせたと伝えられています。