よき小説はよき一行から始まる。そして、よき始まりは小説に限らず、よき世界を造るものでもある。私たちもまた、よき始まりの一部なのだ。
中学生の時、親戚の家庭教師をしたことがあった。彼女は40代の女性で、或る資格を取ろうとしていたが、受験科目の中の英文法と英作文ができずに困っていた。実は英語がさっぱり分からなかったのだが、それを誰にも知られたくなく、1から習うのも屈辱だという訳で、中学生の子どもを利用したのである。難しい試験には受かりたい、しかし「教えられ」たくはないというプライドの高い大人相手に本当に困った。嫌々ながら、問題を一緒に解いたが、当然のことながら何も進歩はなく、彼女は機嫌を悪くするばかり。追い詰められて、私はやっと「始めた」。彼女のためにわかりやすい文法書を作り、英語の基本の文法を繰り返し繰り返し練習することにした。ほとんどケンカしながらの日々であったが、1年後、何とか彼女は合格したのである。ことさら感謝する風も見せなかったのが彼女らしかった。
彼女は希望の職に就き、私はなぜか英語の成績が飛躍的に上がって、新しい世界が広がった。2人の友情も「始まった」。
私たち夫婦は何か運動を始めようと考えました。
「横浜でしていたように、テニスはどうかしら」と私は提案しました。「いやどうかな、1年の半分は雪が降ってできないよ」と夫。探してみると、近くの公民館で体操教室がひらかれていることがわかりました。
2人で見学に行きました。すると、1メートル位のストレッチポールを使う体操でした。珍しいコアトレーニングというもので、身体の芯、体幹を鍛える体操でした。私たちは見学だけのつもりでしたが、コーチから一緒にやってみましょうと勧められました。ポールに寝転がって片足を上げると、コロリとものの見事にポールから落ちてしまいました。「私には無理だわ」そう思いました。その様子を見ていた教室の参加者は、「私たちも最初はそうだったのよ。すぐにできるようになるから」。「雪道でも転ばなくなるわよ。深呼吸と一緒にするとできるの。もう一度やってみて」。言われた通りにすると、今度は上手にできました。「すごい、一回でできるなんて」教室のみんなが喝采してくれました。たった1回の成功で気を良くした私たちは、コア体操を始めることにしました。
体操教室に通い始めてから3年になります。何事も始め善ければ続けられるのです。