
逆に、人の悪口や陰口はまず言いません。人の良いところを見つけて、その人がいないところでもほめています。物事への愚痴や不平不満を口にするより、感謝していることを口にします。好かれるのは当然だと思います。
2つ目。彼は話上手ではありませんが、聞き上手です。
会話はキャッチボールのようなものですね。自分のことばかり、特に自慢話が多くなればうんざりされるでしょうが、彼はそうではありません。自分のことは控えめにして、相手が関心のあることを話題にします。人の話をうなずきながら、笑顔で聞いてあげています。会話をしながら、その人を理解しようとしているのです。好かれるのは当然だと思います。
3つ目。彼は親切です。人が困っていたら当たり前のように助けてあげています。
これは愛徳のある行いですね。
キリストは、弟子たちの足を洗った後、「互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13・34)と言いました。この言葉に従っているのだと思えます。そのため、まず自分から愛徳を実行する。しかも相手には見返りを求めない。そんな人が、好かれるのは当然でしょう。
誰かと親しくなるには、人にも神にも好かれるような言葉、行いを繰り返せばよいと考え、私も心がけるようにしています。

色々話を聞いていくと、一度Aさんに出会ったなら、関わらずにはいられない不思議な存在で、様々な人がAさんと出会い、今度は出会った者同士が旧友のように関わり始めるのだそうです。寝たきりになって10年以上も経つこの頃でも、それは同じ状況だそうです。そんなAさんの友人達に、夫人も支えられ、楽天的に生きてこられたようです。
夫人が、「主人の親友のBさん家族の食事に誘われた時、帰り際にタクシーで帰ってと言われ、私電車でも大丈夫ですと答えたら、あなたに何かあったらご主人が可哀想じゃないかって言葉が返ってきたのよ。まるで、私のことは二の次のように言うのよ。」と笑いながら語ってくれました。
私もその時から、ときどきこのAさん宅で祈りをするようになり、親友のBさん、A夫人を教会に紹介してくださったご夫婦とも親しくなっていきました。昨年はBさんの両親が立て続けに亡くなり、是非とのことで葬儀を引き受けさせていただきました。
AさんとBさんの関わりの中に、色々な人が結びつき、大切なものが人へと伝わり、親しさが人間を支え続ける豊かさを、私も味わうことが出来るこの頃です。