ところで、わたしたちは神様には熱心に祈り求めますが、ほかの人には要求はしても、その要求するほどに自分はほかの人に応えていないのではないでしょうか。キリストが語ったたとえの一つに、家来たちに貸したお金の決済をする王様の話があります。
ある家来が、王様に、自分の家族も全財産も売り払わなければならないほどの借金をしていました。しかし、その家来が、「必ず返済しますから待ってください」と王様に乞い願うと、王様はあわれに思って借金を帳消しにします。ところが、この家来はその後、自分にわずかな借金をしている仲間に会うと、首をしめて「借金を返せ」と迫り、「返済するので待って欲しい」と乞い求められたにもかかわらず、牢に入れてしまいます。結局、この悪い家来は王様によって牢に入れられることになりました。(マタイ18・23〜31)「人にしてもらいたいと思うことは何でも、人にすること」(マタイ7・12】が大切です。ほかの人に求めることを、自分もほかの人にしてあげることができれば、幸いだと思います。