私は子どものときから、祈ることが好きで、始終神さまのことを考え、天国に憧れていました。そのため、処世に関することには興味も関心もありませんでした。理想は、早く修道院に入ることでした。
私が若い時は、戦中・戦後の時期でしたから、日本全体が貧困でした。それに両親も早く他界していたので、兄弟が多くても、末っ子の私は孤独でした。ですから余計、信仰や祈りに逃避していたところがありました。
高校を卒業しても、お金がないので、兄の仕事を手伝うために故郷を離れ、他県に移り、そこで一生懸命働きました。その仕事というのは、出版業でした。戦後の日本は、物資が欠乏し、本や雑誌も不足していました。そこで青年向けの雑誌を刊行し、図書を出版していました。大変でしたけど、面白い仕事でしたので、夢中で頑張りました。そのうち、東京に出張所を作るというので、派遣されました。そこで自炊をしながら、8畳1間で、雑誌の編集、書籍の企画・出版を楽しくやりました。
こうして5年間が経ち、ご縁があって、イエズス会という修道院に入ることができました。
人生は廻り道です。