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豊かな心を養う

熊本 洋

今日の心の糧イメージ

 「心は"魂の翼"」、こんな言葉を若者に残したのは、古代キリスト教の哲学者アウグスティヌスです。

 確かに、血気はやる若者ほど夢や希望は広がり、心はより高く、より遠く羽ばたくに違いありません。この心の羽ばたきは、若者に限らず人間だれでも、中年、熟年、老齢になってもなくなるものでなく、時には高く、ときには低く、たまには、あまりの低空飛行で心の病に陥ることも無きにしもあらず。実際、この21世紀、心理学や心理療法、精神医学の発達にも関わらず、心の病に陥る人は相変わらず無くなりそうもありません。

 「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか」(エレミヤ書17・9)これは紀元前に記された旧約聖書の一節ですが、古来変わらぬ人間、心の苦悩は消えず、病み続けているのでしょうか。

 いったい、心とは何なのか。広辞苑を見ると、心とは、知識・感情・意志が一体になったものという説明から、思いやり、なさけ、志など主な意味をあげています。また漢和辞典を見ますと、「心」は、心臓の形からきた象形文字、その「心」を表すリッシンベンのついた漢字が300近く、心の文字の入った漢字は『愛』など無数に発見されます。いかに心の働きが多様であるかを物語っています。その心の奥底にあるものは、広く、大切なハート・マークで象徴されるように「隣人をあなた自身のように愛せよ」(マタイ22・39)の高次元の「愛」「人への深い思いやり」と言えそうです。

 「心から感謝」という表現がありますが、そのときの己の知識・感情・意志は、それぞれ百点満点、この知情意の満点を常々大切に、天のみ旨をおもんばかりつつ、魂の翼、心を大いに羽ばたかせたいものであります。