2017年07月11日の心の糧


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先取りする

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ 3月のある日、仮設住宅で暮らす熊本地震の被災者の皆さんを、阿蘇のキャンプ場にお招きして「フグ鍋パーティー」を開催した。何かと不便な仮設住宅暮らしの疲れを、わたしが住む山口県の特産物であるフグでねぎらいたいと思ったのだ。山口県ではそれほど珍しくないフグ鍋だが、熊本の皆さんにはとても珍しいものだったらしい。参加してくださった方の中には、2週間も前から「フグ鍋、フグ鍋」と言って、この日を待ちわびていたという、ご高齢の女性もいらっしゃった。白い湯気を立てるアツアツのフグ鍋と対面したとき、その方は感動の涙を浮かべておられた。

何か特別なことが起こる日が、待ち遠しくて仕方がない。誰しもそんな体験があるだろう。待ちわびている時間、たとえばフグ鍋なら「初めて食べるフグ鍋。一体どんな味なのだろう」とにやにやしながら想像している時間は、もうすでに特別な時間だ。やがて来る幸せを待ちわびている時間は、もうすでに幸せのうちと言っていいだろう。

キリスト教徒は、いつかやって来るという「神の国」を待ちわびている。その国では、世界中のすべての人々が仲良く平和に暮らし、誰も差別されたり、無視されたりすることがないという。すべての人が同じ「神さまの子ども」として大切にされ、互いが互いを敬いながら兄弟姉妹のように暮らすという。そんな世界を想像していると、自然に笑顔が浮かんでくる。天国に行かなくても、天国の喜びを先取りすることはできるのだ。天国の喜びを先取りし、いつも幸せな笑顔を浮かべて生きている人の周りには、自然と笑顔の輪が広がってゆくだろう。そのようにして広がってゆく幸せこそ、やがてやって来る「神の国」の先取りであるに違いない。