2017年05月17日の心の糧


▲をクリックすると音声で聞こえます。

私たちのお母さん

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ わたしたちのお母さんといえば、カトリック信者のわたしは、すぐ聖母マリア様のことを思い出します。救い主イエス様のお母さんのことです。

神さまは、わたしたちにとって、すべてにおいてすべてでいらっしゃいますが、と同時に、きわめて個人的な存在でもあります。

ということはどういうことかといいますと、私たちは皆、母親から生まれてきますから、父親も大切ですが、それよりもっと大事な存在は母親だとわたしは思っています。けれども、わたしの母は、わたしが幼児のときに亡くなりました。

成長するにつれて、信仰を得たわたしは、神さまを母親と考えるようにしました。しかし、母親と考えると甘えたい気持ちが起こり、父である神と考えなければ祈ることができないので、困惑しました。

そうこうしているとき、子ども向けの本で、イエスと母のマリアの物語を知りました。そのとき、神さまは、わたしたち母のいない子どもや人々のために、マリア様をお母さんとしてお与えになったことを知りました。そして、そのマリア様は、主イエス・キリストのお母様でもありますので、神の母とも称えられています。

こうした聖母マリア様が、神である父のほかに与えられているわけですから、わたしたちは喜んで、マリア様に甘えることができます。

わたしたちカトリック信者は、神の母、聖マリアをこよなく敬い愛しています。ですから、「アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。神の母聖マリア、わたしたちのためにお祈りください」と唱えています。