

ときどき、ふとした瞬間に「不思議だなあ」と戸惑ってしまうことがあります。それは、人間の「顔」についてです。
僕たちの顔は、同じように目、鼻、口、耳でできています。それなのに、どうしてこうも一人ひとり違うのでしょうか。
例えば映画の現場などで、息を呑むほど美しい俳優さんを間近にしたとき。ふと「変だな、この人にも僕と同じ鼻があって、穴が二つ空いてるんだよな......」なんて考えてしまうんです。
じっと観察しているうちに、だんだんパーツがバラバラに見えてくる。いわゆる「ゲシュタルト崩壊」のような、奇妙な感覚に陥るのです。
この不思議はまた、形を変えて現れます。例えば海外へ行ったとき。見慣れない外国の方々の顔が、みんな「同じ」に見えてしまう瞬間があるように。
「違うのに、同じ。同じなのに、決定的に違う」。
これは遥か昔の古代人も、まだ見ぬ未来人も、変わらない真理でしょう。僕たちはまず、とてもよく似ています。同じ生命体であり、同じ人類。そして同時に、それぞれが代わりのきかない「違い」を持っている。これは顔立ちだけでなく、心や人生もそうなのではないでしょうか。
どんなに遠い国の人でも、憧れのスターでも、言葉を交わせば「同じ」であることに安心し、その「違い」にハッとさせられる。
多様でありながらひとつ、ひとつでありながら多様なのです。
「同じ」であることに執着して誰かを型に嵌めてしまいそうなときは、その人の目尻に刻まれた皺に、ふと驚き直したい。
そして、「違い」ばかりが目に付いて心が疲れてしまったときは、僕たちが共に、同じ時間を呼吸していることを忘れないでいたい。そんな風に思うのです。