

「人間はさ、生まれて来るとき、親も場所も自分では選べんとよ、全部、神さまが決めるとよ。じゃけん、それに不平不満ば言わんと、それに従って生きんばよ」と、父母は教えてくれた。
その時はわかったつもりであったが、思春期の頃、「もっと美人に生まれたかった」などと言って、母に「なんば言うじょっとか、勿体なかことば言う」と言ってこっぴどく叱られた思い出がある。
現在、地球上には80億人以上の人がいて、200ヶ国ほどの国が存在する。
人種も白人、黒人、有色人・・・多種多様である。
それぞれ言語も異なる。しかし、神様は、皆兄弟であるから仲良くすることを望んでおられる。隣人愛を強調しておられる。
昨今、多様性という言葉がかしましい。
皆が多様性を尊重して暮らしているなら、それをことさらあげつらうことはないと思うが、神様の願うお互いの多様性の尊重が失われているから、かしましいのだろうとわたしは思っている。
自分とは違う異質の人を認めたがらない風潮を、困ったことだと憂えている人は多いだろう。それをなかなか出せなくて同調圧力に押し流されている人たちもいるだろう。
しかし、この多様性が神さまのみ旨であるなら、神様の計画であるなら、私たちは、それをそのままそっくり受け入れなければならないと思う。
詩人の金子みすずは、『私と小鳥と鈴と』の詩の中で「みんなちがって、みんないい」という素晴らしい一節を残している。
それはそのまま、神様の代弁だと私は思っている。