

十数年前に、友人から聞いたいい話をします。
彼は日本に住むスペイン人で、奥さんは日本人です。子どもは、小学5年生の長男、3年生の長女、1年生の次男の3人。
奥さんはカトリック信者ではありませんが、日曜日に家族そろってミサに
ある時家族はみんなで、メルギブソン監督の映画「パッション」を観ました。この映画はイエス・キリストの受難を描いた映画で、処刑されるキリストの衝撃的な描写で話題となった大ヒット作品です。観た後に、次男は言ったそうです。
「イエス様がぼくたちのためにこんなに苦しんだのを知らなかった。ぼく、もうミサにおもちゃを持って行かない」
それ以来その子は、ミサの間遊ばずに与るようになったのです。
驚いたお母さんに、尋ねました。「お母さんは、どうして洗礼を受けないの?」
お母さんは返す言葉を失いました。でも、数日後、洗礼を受ける決心を家族に告げます。
その年の夏休み、一家は故郷スペインに里帰りしました。学生時代の友人の神父に頼んで、洗礼式をおこなってもらうためです。洗礼式には両親、兄弟、親戚、友人たちが参加し、家族は大きな祝福を受けたそうです。参加者たちにも格別な喜びが生まれたことでしょう。
この喜ばしい出来事は、次男とお母さんが、十字架を担うキリストと共に歩む決心をしたことをきっかけに起こりました。
私たちにも日々、日常生活に難儀なこと、苦しいことなど、小さな十字架はあるでしょう。
けれども、キリストを思い、自分に望まれた十字架として進んで担えば、神様から大きな喜びがいただけるように思います。