

これまで歩いて来た道を思い返すと、愛されていると十二分に感じます。こんなに愛されていいのかな~と思うほど贅沢な時間を頂けるのです。愛されていると感じるとき、「幸せ」も共にあり、至福の時を過ごせるのです。
私には両親、兄弟姉妹もいて、食べ物もあって学校にも行けて卒業出来て専門職にも就けて、小さい頃から夢だった修道者として生活させてもらっています。こんなにも幸せでいいのだろうか?と思うほどです。
苦労がなかったわけではありませんが、還暦までくるとそのぬくもりを感ぜずにはいられないのです。
これからどうなるかわからないけれど、希望と期待があります。順風満帆ではないとわかっていますが、どこか大丈夫だという安心感があるのも本当です。それがどこから来るのかわかりませんが、サタンの誘惑に陥らないように意識して、識別しながら過ごしたいものです。
これまでの自分の歩いてきた道を振り返って見ると、色々前途多難でしたが、結局のところ神様に愛されていたことがはっきりします。自由に自分で選んで生きてきたつもりでしたが、神様が導いてくださっていたと実感できます。
神様目線がわからないまま生きる自分の人生は、苦労することも多々ありましたが、ズームしてよく見ると、苦難と共に抜け出す道も準備されていて、よく出来ているな~と感心させられます。
振り返って整理してみると、その時ほど真剣に取り組んだことはなく、そのお陰で成長の足跡が分かります。苦しい時ほど神様が私を成長させたいから特別の恵みを下さっていると信じ、その時を乗り越えるに足ると自覚して行けますように。
喜びも苦しみも、主が準備してくださった道として最後まで歩けますように。