『今日の』祈り

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

 40歳になる娘は1女の母でしたが「もう1人子供が欲しいの」、そう言い続けていました。そして昨年妊娠したのですが、2か月で流産してしまいました。しかし半年後、再び妊娠が分かりました。

「良かったわね。お大事に」私は無事の出産を祈りました。彼女は悪阻で体重を大幅に減らしてしまいました。

 さて、出産予定日の2か月ほど前です。病院で診察を受けると、「胎盤位置が子宮口にかかっていますよ。このままお産が進むと、大出血をする危険があります。エコー検査によれば早産の恐れもあります。すぐに入院してください。ああ、それから、お産は帝王切開になります」。医師から突然そう告げられたのです。

 彼女は驚きました。幼稚園に通う長女の世話は、どうしよう。生まれてくる赤ちゃんの準備が何もできていないわ。夫と相談しました。さらに夫の両親とも相談し、姑に来てもらうことにしました。

 私はその話を聞いてすぐにでも飛んでいきたいところでしたが、身動きが取れないのです。北海道の農場で飼っている羊たちの出産ラッシュと重なっていたからです。「神様どうか、娘と赤ちゃんが母子ともに健康でありますように」と祈りました。

 彼女は入院しました。帝王切開は予定日の3週間前です。早産止めの薬を点滴しながら、そろそろと動きます。薬のせいで手はしびれ、悪阻も再開してしまいました。そんな地獄のような日々が6週間続きました。

 いよいよ帝王切開の当日です。私は再び神様に祈りました。「もう贅沢は言いません。どうかどうか2人の命をお助け下さい」気がつくと手術は終わっていました。母子ともに助かったのです。

 「神様、心からありがとうございます」

 最後に私の祈りは感謝に変わっていました。

『今日の』祈り

シスター山本 久美子

今日の心の糧イメージ

 「祈り」とは、多くの人は、目に見えない神仏に「願い事」をする、あるいは「手を合わせる」と云う行為だと思われるかもしれません。確かに、祈りにはそういった意味も含まれるでしょう。

 しかし、日本語の「いのり」の語源を調べると、単なる「願い事」や、「手を合わせる」こと以上の意味が込められていることがわかり、「『今日』の祈り」の大きなヒントになりました。

 「いのる」は、もともと自分の心や思い、意図を宣べる、宣言するという意味で、この意図の「意」と宣言の「宣」の字が当てられていたそうです。また、「生き生きと生きる宣言」という意味を込めて、生きるの「生」と宣言の「宣」の字が当てられていたとも言われています。私にとって、「今日」を「祈る」というのは、まさにこの「いのり」の語源の意味通りだと感じています。

 何かを「叶えて下さい」と頭に浮かぶ願い事を羅列するのは簡単なことですが、今、ここで、自分は心の深いところでどのように感じ、どのように生きたいと望んでいるのか、真剣に味わったことがあるでしょうか。自分の心の奥深くを見つめ、深い思いに気付いていくプロセスは、そのまま自分の「人生」・「いのち」に触れることだと思います。そして、本当の自分自身を神様に委ねることで、生かされている「いのち」を宣言し、神様のより大きないのちに触れることにつながると思います。

 正直な本物の自分自身に向き合い、その自分を生かしてくださる大きな「いのち」、神様に触れ、「出会い」「関わる」中で、謙虚に、今日この時を「こう生きていきます。見守っていてください」と、神様に宣言することが、本来の「今日」の「祈り」なのではないでしょうか。


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