「心の糧」は、以前ラジオで放送した内容を、朗読を聞きながら文章でお読み頂けるコーナーです。

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坪井木の実さんの朗読で今日のお話が(約5分間)お聞きになれます。

健やかさの源

コリーン・ダルトン

今日の心の糧イメージ

 「私は教師なのです。」
 かつて私の恩師が寂しさを滲ませた声で話し始めました。
 「でも、もう教えることができなくなりました。自分は何ものと言えるんだろう?」

 当時この恩師の言葉は、私の心にとても重くのしかかったのでした。とはいうものの、こうした喪失の体験は人生にはつきものです。

 幸福の追求、これは聖書のいくつかの書でも重要なテーマとして描かれます。
 なかでもヨブ記は、なぜ善い人が苦しむのかという問いかけでよく知られ、またコヘレトでも、厭世観(えんせいかん)、また満たされることのない終りなき労苦との関係でよく引用されます。
 こうしたテキストは、人間が人生の意味を求めて躍起(やっき)となるあり様をつぶさに説明しています。また同様の問いがほかの宗教テキストや、信念と実践のもとに投げかけられているのです。

 今日(こんにち)一般社会においても、人生の目的をもつことの重要性が、ウェルビーイングという用語のもとにテーマ化されています。これは単純で固定的な概念ではなく、むしろ複数の次元が互いに作用しあった用語です。身体的、精神的な健康は二つの明白な構成要素で、そこに社会的次元も加わります。

 ウェルビーイングの社会的領域は、自分たち、他人、そして周りの自然界に関わるものです。この社会的役割においてこそ、自己発見の泉となり、喪失体験をとおして繰り返し新たな目的意識を見つける場となると信じます。

 誰にでも人生の段階において変化が待っているものです。それらを乗り切ってゆくためには、体と精神のケアが大切です。

 そして、ウェルビーイングの社会的役割は、病気でないという状態よりも、究極的に私たちの帰属する家族や共同体において、自らがどんな意義をもつかにかかっているようです。