今日のお話しは2019年10月にラジオ「心のともしび」で放送されたものです。

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坪井木の実
ナレーターの坪井木の実さん

このページに心のともしびラジオ番組の話がでます。
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坪井木の実さんの朗読で今日のお話が(約5分間)お聞きになれます。

共にある

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

 初めて何かをする時、初めてどこかへ行く時、一人だったら、とても心細いでしょうね。誰かそばで教えてくれればいいのに、誰か一緒に行ってくれればいいのに。その様に思ったことは誰にもあるのではないでしょうか。私たちが生きていく上で、寄り添ってくれる人の存在は、とても大きなものがありますね。

 自分が誰かと共にある、寄り添うことを考える時、相手のためを思って、適度な距離感を保つことは大事なことかも知れません。私が高校生の頃、人生の大先輩から奉仕についての次の様な話を伺ったことがあります。

 いつでもその人についていられるのなら、ずっと何かをしてあげても良いかもしれない。でもそうでなければ、その人が自立するのを見守ることが大切ではないか。他の人からは、近くにいるのに何もしない、たとえその様に見えたとしても。自立するのを見守りながら、何か危険が迫った時には、すっと手を差し伸べる。そんな姿が本当の奉仕ではないかと。

 大切な人に何かができる時、その時を大切にして心を込めて行い、ともに過ごす。これも共にある、寄り添うことの一つです。でも大切に想うがゆえに、離れているように見えても見守りながらそばにいるということも、共にある、寄り添うことの一つでしょう。どちらも大切なことは、相手の方を心から思いやる暖かな心。それがなければ、共にあり、寄り添うことはできないでしょうね。

 もしも一緒の場所にいることができなくても、相手のことを大切に想い、過ごすなら、その想いは相手の方の大きな支えとなるでしょう。たとえ想いが伝わらなかったとしても。

 小さな私たちですけれど、いつも大切な人と共にある存在、寄り添う存在となれます様に。