2023年08月05日の聖書の言葉

8月6日 主の変容 マタイ17・1-9

 そのとき、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。

 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。

み言葉の分かち合い

み言葉の分かち合い

 8月6日は「主の変容」の祝日として、四旬節第2主日(3月5日)と同じ福音書が朗読されます。「主の変容」がご受難の40日前という伝承に基づいて、「十字架称賛」の祝日(9/14)の40日前に当たる8月6日に祝うようになりました。
 主の変容は、イエスのご受難とご復活を先取りした出来事であり、受難の道を歩まれるイエスに従って歩むよう私たちを招いてくださるのです。マタイ福音書を詳しくみると、(1)「パンの奇跡」に続いて、(2)「ご受難と十字架上の死とご復活の告示」、そして(3)「ご変容」、この三つの出来事が一連のものであることがわかります。

 ところで、「カトリックいろはかるた」をご存じでしょうか? 「い」...「イエズス様はやさしいな」、「ろ」...「ローマにパパ様いらっしゃる」、「は」...「はるばる来ました東の王」など、語呂の良さが特徴です。「た」の札は「タボルの山でご変容」です。主のご変容の場所と伝えられるタボル山は、ガリラヤ湖の南端から西へ20km、標高575mのお椀の形をしたなだらかな山です(タボル山ではなく、ヘルモン山というガリラヤ湖北東の2814mの山との説もあるようです)。山頂に建つ「変容教会」には、イエス、モーセ、エリアが現れたことにちなんで、三つの三角屋根があります。
 マタイはイエスがモーセ、エリアと何を語り合っていたのかを伝えていませんが、ルカ福音書では「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた」(ルカ9・31)と、話の内容が記されています。モーセは「律法」、エリアは「預言者」の代表です。モーセは民をエジプトから救い出した偉大な指導者ですが、約束の地カナンに入ることが許されずに山に入っていきました。預言者エリアは、天から遣わされた火の馬車に乗って生きたまま天に上げられました。この二人がイエスの受難について語ることは、イエスの死が特別なものであることを示しています。
 また、恐れてひれ伏す弟子たちが顔を上げると、「律法」と「預言者」の代表であるモーセとエリアの姿がなかったことは、これまで最も大切にされてきた「旧約聖書」=「律法」+「預言者」を超えて、イエス・キリストと歩む道こそが、神との交わりの道であることを示しているのです。

 イエスは3人の弟子たちを連れて、栄光の山から下りて来られました。イエスが歩まれる道は受難の道、十字架の道です。苦しむ人、差別された人と共に歩む道であり、ユダヤ教の指導者たちから激しい非難を浴びる道です。栄光の姿を垣間見ることが許されて、イエスに従って歩むよう招かれた弟子たちでしたが、イエスが捕らえられたとき、皆怖くなって逃げてしまいました。弟子たちが変容の出来事を完全に理解できたのは、復活されたイエスに出会ってからのことだったのです。

*キーワード:これに聞け
 雲の中から聞こえた「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声は、イエスが洗礼を受けられたときに天から聞こえた声と同じ内容です(マタイ3・17)。「これに聞け」"listen"は「聞く、聴く」の他に「聞き従う」という意味を持った言葉です。本日の福音箇所の前の「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」"follow me"(同16・24)と同意の言葉です。

 本日8月6日は広島原爆の日です。
 「平和旬間」にあたって祈ります。「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」。このヒロシマの決意を人類共通の願いとして、真の世界平和を実現することができますように。今年この地でG7首脳会議が開かれました。世界の指導者たちが、自国の利益に走ることなく、同じ地球号に乗り合わせた世界中の人々の幸せを願い、その実現に寄与することができますように。 アーメン。

参考:(第一朗読:ダニエル7・9-10、13-14)・(第二朗読:二ペトロ1・16-19)