2024年03月23日の聖書の言葉

3月24日 受難の主日(枝の主日) マルコ15・1-39

※福音個所は長いので聖書をご参照ください。

祈りへの招き

祈りへの招き

 十字架のそばに居合わせた「通りかかった人々」と「百人隊長」に注目したいと思います。
 「通りかかった人々」は「十字架から降りて自分を救ってみろ」とイエスをののしりました。一方で、イエスの方を向いてそばに立っていた「百人隊長」は、十字架上におけるイエスのお姿をそばで目撃し、息を引き取られたお姿を見て、「本当に、この人は神の子だった」と告白したのです。
 イエスの間近でイエスの言動を目の当たりにしてきた弟子たちではなく、イエスを裁き、十字架刑に処した異邦人によって神の子であることが告白されたことに注目したいと思います。

 彼の仕事は十字架刑を執行するローマ兵の隊長であり、死刑執行の責任者でした。これまで、残虐な殺人事件やローマへの反逆罪によって極刑に処せられる人の姿を何度も見てきたことでしょう。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23・34)と祈るお姿や、十字架にかけられた犯罪人とのやりとり(同39-43)を間近に目撃した百人隊長は、神の救いの業に触れて、「イエスは神の子である」ことを告白する恵みをいただくことができたのです。

 祈りましょう。
 イエスの十字架のそばにいても「十字架から降りて自分を救ってみろ」と罵って通り過ぎるだけの人もいました。私たちが、いつも近くにいて招いてくださっているイエスのお姿に目を向けて、主の招きに応えて歩んでいくことができますように。 アーメン。

参考:(第一朗読:イザヤ50・4-7)・(第二朗読:フィリピ2・6-11)