人との出会いで、時々、皮肉っぽいことを並べ立てる方に接することがあります。
なぜなのか。それでも、その人は精一杯生きておられるのです。
だから、「刺のある言葉」にはなりません。
主よ、どうか他者を傷つける、刺のある言葉使いで、人を困らせることのないように。
つまり、怠け者の道をたどるのではなく、今日の「わたし」をお導きください。
アーメン。
わたしたち一人ひとりの存在は、大事なものです。
みな等しく弱さを身にまとい、完璧な存在者ではありません。
だからこそ他者を必要としているのです。
このことは皆が分かっていることです。
でも、どこかで「頑固」なのです。
それを打ち砕いていければ、自分も周りの人もみな、喜び合えるだろうと、イエスさまは言われます。
主よ、「わたし」の思いと言葉と行いが、あなたのそれに繋がっていきますように。
アーメン。
わたしたちは得てして身勝手な言動を取りがちです。
自分の気分がよくないとか、気に食わないとか、どうも好きになれないあの人が言うことは、とか。
その結果、周りの人々を不愉快にさせてしまうことがあります。
それが、神のみ心に沿ってのものであれば、そんなことは無くなります、とパウロは勧めます。
この四旬節の期間に神と自分のかかわりをじっくりと見直す時間とさせてください。
アーメン。
わたしたちは皆、明るく喜ばしい日々を求め、平和な人間関係を築き上げようと、小さな努力を毎日の仕事を通して重ねています。
目に見える姿を見せることはないかもしれませんが、見えないところで、自らを砕き、悔い改めている姿を神に見せたいものです。
必ずやそのことは人に伝わり、実りをもたらすときが来ます。強い確信を抱かせてください。
アーメン。
典礼暦は、明後日から四旬節に入ります。
あさっては灰の水曜日です。
イエスさまは、何か重大な出来事の前には、よく一人静かに祈られました。
宣教を始められる前に断食された40日間に、わたしたちも倣うように、断食と節制の期間に入ります。
主よ、これはわたしたちの信仰のしるしとしてお捧げするものです。
わたしたち一人ひとりが意向に沿った四旬節をおくれますように導いてください。
アーメン。