2021年07月22日の教会の祝日

聖マリア(マグダラ)

 エルサレムの裕福な家に生まれ、幼くして両親を失い、兄のラザロと姉のマルタと一緒に暮らしていたと伝えられています。自由奔放な生活をし、やがて7つの悪霊につかれて苦しみ、人びとから「罪の女」というレッテルをつけられて疎まれるようになりました。そんなときに、イエスと出会い、この時を契機に悪霊からも解放され、真の愛を知って回心し、徹底して信仰の道を歩むことになりました。

 復活したイエスが最初に現われたのは、このマグダラのマリアで彼女が他の弟子たちにイエスの復活を告げたのです。その後は、使徒たちの宣教活動に自発的に参加して、惜しみなく使徒たちの手助けをしました。後に兄ラザロとともに南フランスに流され、隠遁生活のうちに生涯を送ったと伝えられています。

正教(東方正教会・Orthodoxオーソドックス教会)・カトリック教会・聖公会の聖人の一人で正教会では「亜使徒(アシト)」(聞き慣れない言葉だが、正教会における聖人)の称号を持っています。因みに、他によく知られている聖人ニコライ、コンスタンチンも正教会の亜使徒です。また正教会では、イエスが十字架上で亡くなり墓に葬られた後、マリアは遺体に香油を塗るために墓を訪れたことから「携香女」(ケイコウジョ)とも呼ばれ、その姿・香油壺を持ったマリアの姿を美しいイコンで描かれています。更にマグダラのマリア( Maria Magdalena)は、マリヤ・マグダレナとも音訳されています。

 新約聖書の中でマグダラのマリアは、イエス・キリストが十字架に架けられるのを見守り、イエスが埋葬されるのを見届けるまでイエスを見守っていた婦人たちの中でも中心的な人物とされています。何故ならマリアにとってイエスは、死んだマリアの魂に新たな命の息吹で蘇らせてくれた甦生の与え主だからです。

 西方教会においては「罪深い女」とされているため、いろいろ噂話が飛び交う中、小説をはじめとして、イエスと既に結婚していたと伝えるいろんな物語あります。しかし、それらすべてに噂されるような歴史的根拠は全く未だ見出されていません。おそらくマグダラのマリアのイエスに対するあまりの純心さゆえ、それを利用した金銭欲から、あるいは誰かの妬みからそのような根拠のない話をでっち上げたのではないかと推測されます。つまり、聖母マリアに次いで聖書の中で注目される程、目立っている女性ということです。


2021年07月03日の教会の祝日

聖トマス使徒

 12使徒の一人トマスは、イエスが復活して現われたと聞いたとき「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れて見なければ、また、この手をそのわき腹に入れて見なければ、私は決して信じない。」(ヨハネ20:25)と弟子たちの前で公言した人です。イエスの復活を疑ったこの言葉は、どれほどイエスを悲しませたことでしょう。しかし、このトマスの言葉は、弟子たちの代弁者であり、私たち人類の神に対する隠された本音が、トマスを通して表現しているように受け取れます。

 "疑い深いトマス"と弟子たちから言われた彼は、アラム語で双子の意味"ディディモ"(ギリシャ語)とあだ名で呼ばれていました。初めて弟子たちに出現してから8日後、またイエスは弟子たちに現われました。そこにはトマスもいました。イエスはトマスに向かって「あなたの指をここに・・・」というとトマスは「わたしの主よ、わたしの神よ」と自身の疑い深さに気づかされてイエスに答えます。そしてイエスから「見ないで信じる者は幸いである」と諭されます。このトマスの言動を誰でも自分のように理解できると思います。つまり、イエスはトマスを通して信仰は目で見るものではなく、出来事の奥に隠されたものを感じ取る、それが「見ないで信じる者は幸いである」と言われた言葉に含蓄された意味ではないでしょうか。トマス、彼はもう一人の私です。

 それから後、使徒トマスはインド・パルティア王国(現在のアフガニスタン、パキスタン、北インド)に宣教に赴き、マイラポールで殉教したと伝えられています。インドの信者たちは、自分たちを「聖トマスのキリスト信者」と呼ぶことが多いそうです。現在においてもインドのキリスト信者の誇り聖トマスは、インド人キリスト者のプライドの一端を担っているのです。