エルサレムの裕福な家に生まれ、幼くして両親を失い、兄のラザロと姉のマルタと一緒に暮らしていたと伝えられています。自由奔放な生活をし、やがて7つの悪霊につかれて苦しみ、人びとから「罪の女」というレッテルをつけられて疎まれるようになりました。そんなときに、イエスと出会い、この時を契機に悪霊からも解放され、真の愛を知って回心し、徹底して信仰の道を歩むことになりました。
復活したイエスが最初に現われたのは、このマグダラのマリアで彼女が他の弟子たちにイエスの復活を告げたのです。その後は、使徒たちの宣教活動に自発的に参加して、惜しみなく使徒たちの手助けをしました。後に兄ラザロとともに南フランスに流され、隠遁生活のうちに生涯を送ったと伝えられています。
正教(東方正教会・Orthodoxオーソドックス教会)・カトリック教会・聖公会の聖人の一人で正教会では「亜使徒(アシト)」(聞き慣れない言葉だが、正教会における聖人)の称号を持っています。因みに、他によく知られている聖人ニコライ、コンスタンチンも正教会の亜使徒です。また正教会では、イエスが十字架上で亡くなり墓に葬られた後、マリアは遺体に香油を塗るために墓を訪れたことから「携香女」(ケイコウジョ)とも呼ばれ、その姿・香油壺を持ったマリアの姿を美しいイコンで描かれています。更にマグダラのマリア( Maria Magdalena)は、マリヤ・マグダレナとも音訳されています。新約聖書の中でマグダラのマリアは、イエス・キリストが十字架に架けられるのを見守り、イエスが埋葬されるのを見届けるまでイエスを見守っていた婦人たちの中でも中心的な人物とされています。何故ならマリアにとってイエスは、死んだマリアの魂に新たな命の息吹で蘇らせてくれた甦生の与え主だからです。
西方教会においては「罪深い女」とされているため、いろいろ噂話が飛び交う中、小説をはじめとして、イエスと既に結婚していたと伝えるいろんな物語あります。しかし、それらすべてに噂されるような歴史的根拠は全く未だ見出されていません。おそらくマグダラのマリアのイエスに対するあまりの純心さゆえ、それを利用した金銭欲から、あるいは誰かの妬みからそのような根拠のない話をでっち上げたのではないかと推測されます。つまり、聖母マリアに次いで聖書の中で注目される程、目立っている女性ということです。