
そのとき、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

今日朗読される箇所はマタイ福音書の最後の箇所です。この章は、墓を見に行った婦人たちに天使が現れて、復活したイエスがガリラヤで待っておられると告げるところから始まります。婦人たちの話を聞いた弟子たちはすぐにガリラヤに向かったことでしょう。
その当時、エルサレムからガリラヤに行くには、徒歩でサマリアを越えて行くので4日ほどかかりました。ですから、弟子たちがガリラヤの山に登ってイエスと会うことができたのは、最後の晩餐から1週間程後だったことになります。弟子たちの中にはガリラヤ湖で漁師をしていて召命を受けた人もいました。同じようにガリラヤでイエスと出会って弟子になった人たちからすれば、イエスに会うために歩いている道は、イエスと出会った場所へ向かう道でもあります。
弟子たちは歩きながら、イエスに出会う前の自分や出会った後の自分の姿を思い起こすでしょう。イエスの処刑に動揺してイエスの弟子であることを隠したり、閉じこもってしまったりしたことを悔やんだかもしれません。私には、この4日間の徒歩での移動は弟子たちがイエスと改めて向き会う大切な時間だったと思えます。イエスに会う前に、きっと弟子たちは何かしらの決意をしていたでしょう。
そんな弟子たちは、イエスに「すべての民をわたしの弟子にしなさい」と告げられても
参考:(第一朗読:使徒言行録1・1-11)・(第二朗読:エフェソ1・17-23)