2026年02月21日の聖書の言葉

2月22日 四旬節第1主日 マタイ4・1-11

 そのとき、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、〝霊〟に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。
 「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」
 次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。
 更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」
 そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。

祈りへの招き

祈りへの招き

 今日の福音書では、イエスは悪魔から誘惑を受けるためにわざわざ荒れ野で四十日間断食されます。そして、悪魔の誘惑を退けるときに、イエスが「(聖書に)書いてある」と言われた言葉は、モーセがシナイ山で神から与えられた十戒の掟をイスラエルの民に説き聞かせた言葉です。

 四十日間、昼も夜も断食する時点でおよそ人間離れしているのですが、もっと驚くのはイエスが悪魔の誘惑をいとも簡単に退けることです。イエスが誘惑をはねのけるのに苦労された様子は全くありません。まさに、3章の最後に天からの声が告げた「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」にふさわしい姿です。

 イエスは宣教活動に入る前に、人と並んで洗礼者ヨハネから洗礼を受け、偉大な預言者であるモーセと同じように四十日間の断食をされます。断食の最後には、ご自分が悪魔の誘惑が全く通じない存在であることを示されます。

 自分ではなかなかできなくて苦労していることを、友人があっさりやってのけると、悔しい気持ちよりもなぜか「きっと自分もできるに違いない」と勇気づけられることがあります。イエスが誘惑をいとも簡単に断ち切るお姿に触れるだけで、悪魔の誘惑に打ち勝てそうな気がしてきます。

 イエスがご自分の姿を通して私たちを勇気づけてくださることに感謝して、祈りましょう。

参考:(第一朗読:創世記2・7-9、3・1-7)・(第二朗読:ローマ5・12-19)