2026年05月14日の教会の祝日

聖マチア使徒

 「ユダが自分の行くべきところへ行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。2人のことでくじを引くと、マチアに当たったので、この人が11人の使徒の仲間に加えられることになった」(使徒言行録1:25-26)。イエスの弟子であった12使徒の一人、イスカリオテのユダがイエスを裏切った。そこでペトロをリーダーに他の使徒たちは、その後任を2人の候補者バルサバと呼ばれユストとも言われたヨハネとマチアから選ぶことにし、くじを引いた結果がマチアであった。

 使徒が、11人のままでは不完全であるというのは、使徒たちをイスラエルの十二部族の代表と考えられていたことからだと考えられます。彼の名前が聖書の中で記されているのは、この箇所だけです。さらに、彼についての記録は、ほとんど見当たりません。ただ最初からイエスの弟子で、ユダヤ人、ベツレヘムで身分の高い家柄に生まれ、律法や預言書に精通し、人徳のある人であったと伝えられています。

 その後マチアは、エルサレムからエチオピアまで宣教し、エチオピアで殉教したと伝えられていますが、一説によると63年頃、エルサレムでユダヤ人によって殺害されたとも言われています。


2026年05月17日の教会の祝日

主の昇天

 今日は「主の昇天」の主日です。ご復活後の40日目に、この昇天の祭日を祝います。ところがこの祭日は、必ずしも特別な休みの日として守るべき祭日でないとのことで、キリスト教国でない日本では、「主の昇天」の祭日を復活節第7主日にお祝いしています。

 今日のイエスの主の昇天の出来事は、今日までのイエスの受難、死、復活、そして昇天、そして聖霊降臨へと続く、まさに焦点なのです。つまり、弟子たちとイエスの関係が一つの転機を迎えて、新しい聖霊の派遣というプレリュードだからです。それはまたイエスの残した共同体(教会)活動の黎明を告げているのです。

 この昇天の出来事の意味は何か。言うまでもなくキリストの生涯の完成であるのと、"教会活動の始まり"のしるしでもあると言われています。弟子たちは、イエスから受けた命令に対して使徒活動を実践することで、後にイエスの教会が構築されていくその始まりなのです。それはまた生前のイエス・キリストから、復活後の聖霊降臨へと継承されていくのです。

 聖パウロは、この出来事は非常に重要であることが、彼の書簡からも伺えます。その理由は、この昇天の出来事により、弟子たちも、そして洗礼の恵みに預かった者も、イエスから受け継いだ使命、その使命がキリストの使命と結ばれているからです。イエスの昇天は、聖霊による普遍の根源であり、それは世界のあらゆるところに普遍的に存在することによって、人類全てが、神の子に対する信仰と理解において一つのものとなり、成熟した人間になり、イエス・キリストの望まれる人に成長するからです。とパウロは書簡で伝えています。


2026年05月31日の教会の祝日

三位一体

 「三位一体」の言葉を一般の方が、使われる時「ちょっと本来の意味と異なっている」と思います。キリスト教の教えでは「本質(実体)として唯一である神が、父と子と聖霊という三つの区別された位格(自立存在、ペルソナ)である。それは万物を超越する神は自らを自由に人間に譲与する(神の自己譲与)。即ち、神である御子が父なる神によって遣わされて人間となり、神の愛を掲示し、神と人類を一致させる。・・・ 」と言われます。(P.ネメシェギ師)。

 教会の"三位一体"説は、難しい教えの最高峰と言われています。聖霊降臨の主日の翌月曜日から教会暦では「年間」に入りました。年間に入った最初の主日が、三位一体の主日としたその理由は、次のことからでした。

       

 教会は、イエスがご自身の生涯をかけて、神の使命を全うされた救いの業を思い起こし"父、子、聖霊"この三位が人類の救いを実現されたことを、もう一度味わい直すこと。なぜなら、三位一体の神秘は、人知をはるかに超えるものであり、決して解析し理解するものではないからです。そのことを教えてくださったのが、イエス・キリストでした。教会はイエスが教えてくださった神をできるだけ忠実に表そうとして、歴史の中で「三位一体の神」というキリスト教的な神理解が明確になっていきました。イエス・キリストは、私たちに三位一体の神秘を啓示し、さらに私たちを三位一体の中に招き、導いてくださるのです。

 8世紀半ば頃から教会は「三位一体」のミサを捧げて来ました。また教皇ヨハネ22世は、1334年に三位一体の祝日をカトリック全世界の祝日と制定されました。そこからカトリック教会では、この三位一体の祝日を大切に伝えています。キリスト信者の人々にとって「父・子・聖霊」の名によって洗礼を受けたこと、そして毎日額に十字を切る度「三位一体」のうちに招かれていることに気づかせて戴きましょう。