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ともに生きる

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 新型ウイルス発生以前、まだ何の心配もなく会食が出来た頃のことである。友人たち10人ほどで食事会をし、その後、同じ方向に帰る者同士でタクシーに乗って行くことになった。3人の友人が乗り込んだタクシーに、同じ地区に住むA君も嬉しそうに駆け寄った。ところが3人は、A君に気づいていながら、彼の鼻の先でドアを閉めさせ、そのまま走り去ってしまったのである。A君は立ちすくみ、かなりのショックを受けたようだった。離れた場所から見ていた私にも、3人がA君とは距離を取りたがっており、それをこんな形でA君本人にも知らせたのだ、と分かった。果たしてA君は落ち込んでしまい、私がいくら慰めても効果がなかった。「僕はこんな自分でいるのが嫌だ」。彼はそれだけ言うと、駅の改札を入って行った。

 私たちは「他者とともに生きる」ことが肝要だと頭では理解していても、現実はこの有様なのである。タクシーで去った3人も、実は気分が良かったに違いないし、私もその場で助け舟を出すことをしなかった。尊重し合うのは難しく、貶め合うのは楽しいという未熟な生き物なのだ。

 だがA君の「こんな自分が嫌」という悲しい言葉が目を覚まさせてくれる。私たちはまず、「自分とともに生きる」ことから始めなければならないと、その言葉は言っているようだ。自分を知り、自身を尊重してこそ、他者をも尊重出来るのではないだろうか。心を開けば、周囲の人々も、同じように自身の難しい課題を抱えていることが分かる。その時初めて、私たちはタクシーのドアを開け、友人を待つことが出来るのだと思われる。