言葉の力

遠山 満 神父

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 「読んだ事を信じ、信じた事を教え、教えた事を実行するようにして下さい」。この言葉は、司祭叙階式の時、司教様から福音書を頂きながら受けた言葉です。「教えた事を実行するようにして下さい」と言う言葉は、いつも心に留めている事柄です。何故なら、教えた事を実行しないなら、言葉に力が無くなるからです。

 アルバート・メラビアンという心理学者が、著書「非言語コミュニケーション」の中で、コミュニケーションのチャネルとしての影響力は、実験から、文字が7%、音声が38%、非言語的なコミュニケーションが55%と結論付けました。メールであれば7%ですが、それに音声が加わる電話ですと7+38で45%になります。後の55%は、相手の仕草や顔の表情など、非言語的なコミュニケーションの部分です。

 そのように考えますと、道徳的な事柄を教える人は、教えるという作業と共に、生き方が大切となります。

 イエス様は言葉に力のある方でしたので、イエス様が語られた様々な言葉が聖書の中に遺されました。「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5・39)、「敵を愛し、迫害する者の為に祈りなさい」(マタイ5・44)と、誰かが言ったとすれば、私達は直ぐに、「それは理想です。理想だけ語っても仕方ないです。現実を見るべきです」と答えるかもしれません。けれども、イエス様には、これは言えません。何故ならイエス様は、十字架の上で亡くなられる時にも、この言葉を実践されたからです。イエス様は、御自分の思い、御父の私達への愛を、何よりも、御自分の生き方を持って伝えて下さいました。イエス様が、生き方を持って伝えて下さった価値観を、生き方を持って、次の世代に伝えていけたらと思う昨今です。

言葉の力

岡野 絵里子

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 ノーベル賞詩人タゴールの生誕150年の記念に、日本の詩人たちがインドを訪れ、インドを代表する詩人たちと交流した時のことである。

 インドは広大な国土に多くの民族とその言語、宗教がひしめく国だ。日本文学の研究者であるデリー大学のウニタ准教授が交流に尽力して下さったが、ご苦労が多かったと思われる。或る晩、車で詩人たちを送迎しながら、過労のあまり泣きだしそうになられた。「こんな長い距離を運転しなければならない・・明日のパーティのビールも揺れてダメになってしまう!」。インドの道は悪路が多い。トランクに積んだビール瓶がぶつかり合って派手な音を立てていた。准教授はビールの買い出しまでしておられたのである。

 彼女を労わりたい一心で、私の口から言葉が出た。

 「私たち一生懸命頑張っていますから、きっと神様がビールを美味しくしてくださいますよ」。まるで幼い子どもに聞かせるような拙い言葉だったが、彼女の顔はパッと輝いた。「ああ同じ・・あなた方もそう言うんですね!」。

 この時、私たちの間を隔てていた何かがすっと消えた。お互いの宗教の違いが重要ではなくなって、ただ心を込めた言葉が、まっすぐに彼女に届いたのが感じられた。そして「あなた方も」と返してくれた彼女の言葉も橋のようにしっかりと私の胸に架けられた。私たちは不思議な温かい気持ちになり、どんな困難があっても乗り越えられる気がしてきた。小さな一人一人を見守り、必要とあらば飲み物も美味しくしてくださる方を、私たちは一緒に思い出したのである。

 翌日のパーティで飲んだビールの味はもう覚えていない。だが、この夜に交わされた言葉と隔てのなくなった心を忘れることはないと思っている。


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