ホッとするとき

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 公園や山野を歩き回り、鳥や花などの写真を撮って歩くのがわたしの趣味だ。しばらくは夢中で写真を撮っているが、何時間も歩き回ると足が疲れ、背負った荷物が肩に食い込み始める。どこかに休めるところがないかと辺りを見回し、休憩にちょうどいいベンチや切り株を道端に見つけると、わたしはほっとする。肩の荷を下ろして休めるからだ。

 人生の道のりを歩いているときにも、同じようなことが起こる。最初のうちは与えられた仕事に夢中になっているが、やがて体も心も消耗し、これ以上は頑張れないという状況に陥る。そんなとき、スケジュールをやりくりして、休める時間を半日でも見つけられるとほっとする。仕事を忘れ、体と心を休めることができるからだ。

 日々の生活の中で、わたしたちは体だけでなく、心にも荷物を背負って歩き回っている。「あれもしなければ、これもしなければ」という焦りにも似た思いが、心に重くのしかかっているのだ。ときどき荷物を下ろして休まなければ、心は疲れ果ててしまうだろう。

 仕事のことが心配で、休日でも仕事のことが頭から離れないという人もいる。そんな人は、仕事を置き去りにするのではなく、神様の手に委ねると考えたらいい。「自分として出来る限りのことはやりました。しばらく休みますから、神様、その間のことはお願いします」と祈って、神様に仕事をしばらく委ねてしまうのだ。よれよれの状態で荷物を運び続けるより、休んで力を回復する方が、その後ずっとよく働ける。休んでいる間に、自分が必要以上の荷物を背負い込んでいることに気づいて、荷物を減らせる場合もある。心配することはない。神様に荷物を預けて、しばらく休憩するとしよう。

ホッとするとき

阿南 孝也

今日の心の糧イメージ

 「話を聞いてほしい」という電話が、東京在住の卒業生からかかってきました。そして10年ぶりに会うことになりました。仕事や家族についての悩みでした。彼の近況や考えに耳を傾けて、私の経験してきたことを話して、1時間ほどで別れました。その晩メールが届きました。「"よい決断だったとなるように、努力することが大切だ"という先生の言葉が、心に残りました。よく考えて、どうするかを決めます。ありがとうございました」。良いアドバイスができたかどうかはわかりませんが、少しでも役に立てたとすれば、嬉しい限りです。

 在学中さまざまなトラブルがあって、中途で退学した生徒が、突然校長室を訪ねてきてくれました。やんちゃをした出来事も、時間を経た今となっては、懐かしい思い出になっていることに気づきました。「先生、俺もっと勉強したらよかった」としみじみと話すので「勉強は一生もんや。今からでも遅くない。資格を取って、しっかり仕事しよう。君は昔から勘がよかったし、何より人に好かれる性格や。きっとうまくいく」と励ますと、にっこり笑って「わかった、頑張ってみる」と言って帰っていきました。

 まもなく教師生活40年を迎えます。この間、辛いことが幾度となくあったのは事実です。しかし、それに勝る嬉しいことがあったのも間違いありません。子どもの成長には時間がかかります。農家の人が作物の実りを待つように、漁師が網を仕掛けて大漁を待ちわびるように、教師や親は、子どもの成長を願いながら待たなければなりません。

 思春期と呼ばれる中学高校時代の子どもたちと日々接しながら、教え導く役割を与えられている幸せを、しみじみと感じています。


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