ホッとするとき

森田 直樹 神父

今日の心の糧イメージ

 毎日の慌ただしい生活の中では、なかなかホッとできるひと時を取ることはとても難しいものです。ゆとりを持ちたい、といつも願ってはいますが、ばたばたと一日が過ぎてしまうことが多々あります。

 できるだけ空を見上げてみたり、道端の雑草に目を留めてみたり、鳥の声に耳を傾けてみたりしますが、あっという間に喧騒にかき消されてしまい、また慌ただしい時間が始まってしまいます。

 そんな中で、唯一、心からホッとできるひと時があります。年に1度、お休みをいただいて、南の島に出かける時です。大自然の中で、ひたすら鳥の声と波の音に耳を傾けるひと時です。テレビや電話などから解放されて、大自然と向き合うひと時でもあります。

 でも、よくよく考えてみれば、大自然の美しさは、神さまの創造のみわざであり、大自然と向き合うということは、神さまご自身と向き合うひと時でもあるはずです。南の島でホッとすることとは、神さまのふところの中でホッとすることなのだと思います。

 ですから、南の島にわざわざ出かけなくとも、毎日の生活の中で、神さまとじっくり向き合う時間が取れるならば、神さまのみもとでホッとできるのではないか、と私は考えます。

 忙しい毎日の中で、そんなひと時を持つことは、なかなか至難の業ですが、このようなひと時を積み重ねていくことはできそうです。

 イエスさまも、よく人里離れて祈りのひと時を過ごされたと聖書は伝えています。神さまのふところに抱かれるひと時。これこそが究極のホッとする時なのでしょう。

 日々の僅かな時間でも神さまとの交わりのために取っておき、それを少しずつ積み重ねていくこと。これは毎日の生活を「ホッ」とさせる秘訣かもしれません。

ホッとするとき

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

 爽やかな春のそよ風の中を通り過ぎてゆく。ざわついていた心がすっと落ち着いてゆく。自然が私たちの心に触れ、私たちがその自然に包まれ、心が安らぐのでしょうね。

 私たちの毎日の生活の中で、私たちが「ホッとするとき」とは、どんな時なのでしょうか。

 思い巡らすと、様々な時が思い浮ぶのではないでしょうか。先程の様な自然に触れる時、自然に包まれる時。一日の仕事が終わった時、仕事の仲間や友人達との楽しい夕食の時。自宅に帰った時、家族と過ごす時。お風呂に入る時、寝る時。人によっても様々でしょう。

 では「ホッとする」とは、どういうことなのでしょうか。

 私たちは様々な関わりの中で、「今」を生きています。自然とのかかわり、社会とのかかわり、家族とのかかわり、人とのかかわり等々。その様な中で「ホッとする」そんな場があるのでしょう。

 私たちは自分のことを無条件に受け止め包んでくれる。そんな存在とのかかわりの中にいる時、身を置く時、ホッとする様に、くつろげる様に、心安らぐのではないでしょうか。ありのままの自分を受け止めてくれる存在、その存在と共に過ごす時間は嬉しい時です。両親、家族、子供、幼馴染、学校の仲間達、会社の方など、多くの方がおられるのではと思います。あなたにとって、ありのままの自分を受け止めてくれる存在はどなたでしょう。その様な大切な方との出会い、繋がりはいつまでも大切にしたいですね。

 中々会えなくても、ハガキ1枚、メール1通、電話1本。それが難しくても想いは向けられますね。その方との繋がり、その存在を確かめながら、自分が受け止められていることを確かめながら、また新たな一日を歩んでゆくことができます様に。


前の2件 3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13