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ホッとするとき

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ

 諸宗教者の集まりでのこと、食事中の雑談の中で、あるお坊さんがこんなことを言われたのです。

 「あの世という所は、そこから誰も帰ってきた者がいないところをみると、よっぽどいい所なんでしょうね」と。

 このことばに触れて、食事の席がにわかに和んだことは言うまでもありません。

 「なるほどその見方はいいネタになりますね。ぜひそのネタ譲ってください」。

 こんな発言もあって、この世あの世、ひいては人間の死という重いテーマでありながら、実に和やかなホッとするひとときが生まれ、料理の味わいも大いに進んだというわけです。

 

 「みんな死にたくないと口では言うけれど、本音のところではそうではないのでは。歳を取るごとに時間が早くなり、急ぎ足になるところをみると、釣りバカと言われる人が急いで釣り場に急ぐように、一刻も早く墓に行きたいんだよ人間は」。

 これもホッとするいいネタです。

  

 「何時お迎えが来るのか、急に気になって眠れません」。

 真夜中近く電話してきたおばあちゃんに、こんな分かったような返事をしてしまいました。

 「おばあちゃん、心配いらないよ。昔気付いてみれば立派に生まれていたでしょう。生まれる時も死ぬ時も同じ。お迎えの時も、あれ!りっぱに死んでるじゃないの、知らなかった!ということになるから」。

 神父さんは他人事と思って冗談ばかり言う~~、などとひとときおしゃべりしたのでした。

 こんな重いテーマを前にして、ホッとするひと時を提供できたかどうかはわかりません。

 生まれに寄り添う「助産師」ということばはありますが、死に寄り添う「助死師」ということばはないようです。そこで、「ホッと屋」などどうかと思うこの頃です。