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わたしの支え

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ

 輝かしい光のありがたさをほんとうに身に染みて感じることができるために、光とは真反対の闇の体験を強調することがあります。「逆説」といいます。

 神さまがほんとうにこのわたしの支えであることを身に染みて悟ったのは、ストレートに典礼聖歌の「主はわれらの支え 主はわれらの柱」という歌を歌ったからではありませんでした。

 この歌も少しは役に立ったはずですが、それよりも逆説、つまり闇の体験を通してこそ理屈抜きに悟らされたものです。

 私にとっては心身ともに疲れ果て、病院側の配慮によってホスピス病棟で1か月過ごした闇の体験の期間こそ、神の支えが身に染みる時でした。

 年間100万人も訪れるという南フランスのルルドという巡礼地があります。病を抱えた多くの方々も訪れて、奇跡的に癒されることがあるとも言われます。

 しかしそれはあったとしても、極めて稀なことです。

 ほとんどの方々は病気そのものは癒されないまま帰っていきます。

 その中にあって、今は片付けられているということですが、かつて泉の湧く洞窟に多くの松葉杖が吊り下げられていました。

 それは、病や傷が癒されて、杖が要らなくなったからそこに置いて行ったのではなく、ほとんどは癒されなかった方々のものなのだとか。

 それは、病を得て、ルルドに巡礼し、病という闇の体験が、逆説的に松葉杖ではない神さまという、本物の支えを実感させた証しなのではないでしょうか。

 

 花の詩人で有名な星野富弘さんは、詩画「愛、深き淵より」で実感込めて言っておられます。

 「苦しみによって苦しみから救われ、かなしみの穴をほじくっていたら喜びが出てきた。生きているっておもしろいと思う。いいなあ、と思う」と。