子どもへの祈り

崔 友本枝

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 もう10数年も前、よく私のところに話をしにくる学生がいました。

 私は彼のことをとても賢く、よい資質をもった生徒だと思っていましたが、彼は自分のことが好きではなく、周りからも嫌われていると思い込んでいました。それは、若い時期には時々あることです。思春期の特徴で、自分に過度に集中し、狭い視野で判断してしまうのでしょう。欠点を実際以上に大きく感じてしまうようなのです。

 ある日、私が家で祈っていると、ふとこの生徒のことが強く思い浮かんだので、彼のために特に心を込めて祈りました。

 しばらくして、学校で会った時に話しかけてみました。「どう?元気だった?少し休んでたようだから、ちょっと祈ったのよ」と。すると彼はこう言いました。「先生が祈ってくれた日の夜、風呂の中で本気で手首を切ろうとしたんだ。死にたいと思ったから。でも何度やろうとしても、どうしてもできなかった。先生の祈り、聞かれたよ」と。

 私は心臓が凍りつくほど驚きました。祈ってよかった、と思ったのと同時に、人は他者の苦しみを自分の力ではキャッチできない、と思いました。私は彼と話していて、問題がそれほど深刻だとは感じとることが出来ませんでした。

 私の心に「祈るように」、と強く勧めた方は、人ではなく神ご自身だったのです。

 「先生の祈り聞かれたよ」という言葉はその後、何10回もたびたび思い出しました。

 私はいま、他校で講師をしています。講師は授業が終わると帰るので普段の生徒の姿がわかりません。でも、気になることがあったら祈るようにしています。神さまが生徒を守ってくださるように委ねています。

子どもの祈り

中井 俊已

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 小学校に勤めていた時、子どもたちといっしょに祈ることが多くありました。

 小さな子どもたちが十字を切り、手を合わせる姿はほほえましいものです。

 まず、朝の会のはじめに良い一日を送ることができるように願う祈り。お昼にも祈り。給食の時は食前食後の祈り。終わりの会では今日の一日を感謝する祈り。

 学校には聖堂がありましたので、休憩時間には子どもたちと遊んだあと立ち寄って短い祈りを捧げることもありました。

 さらに、子どもたちに家でも祈るといいよ、と教えてきました。

 祈りは、家庭に幸せをもたらすからです。

 いつか小学1年生のお母さんからいただいた手紙の一部です。「『学校で今月のモットーは"親孝行"だから、僕はパパとママのためにお祈りするよ』と言って毎朝、お祈りをしてくれています。遠い学校に通っているので、毎朝、子どもを見送りながら『今日も楽しい一日を過ごして無事に帰って来ますように』と親の私たちが願わない日はありませんが、子どもの方から私たちのためにお祈りをしてもらえるとは考えてもいませんでした。とても嬉しいことです」

 マザー・テレサは語っています。

 

 「愛は、どこから始まるのでしょうか。私たちの家庭からです。いつ始まるのでしょうか。ともに祈る時に始まります。ともに祈っている家庭は崩壊することがありません」

 

 食事の前後には「いただきます」「ごちそうさま」と頭を垂れ、感謝の祈りをささげること。寝る前に親子が今日一日に感謝しながら皆の幸せを祈り合うこと。病気の方、災害などで苦しんでいる方方のためにも祈ること。

 子どもとともに、愛のために心を神に向ける、そのわずかな時間が、家庭にも平安と幸いをもたらします。


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