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子どもの祈り

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ

 私たち大人の子供を見る目はどうしても、どちらかと言うと、"劣っている"という見方に傾きがちです。

 その原因の主なものは、まだ知恵がついていないということのようです。それに引き換え、大人はいろいろなことを学び、知恵が豊かなので優れているということになります。

 それは、知恵比べということで言えば、正しい判断ということになります。体力では人間を凌ぐものもいる動物が一段劣るものに位置づけられるのも、同じ理由によるもののようです。

 しかし、神さまの見方は少々違っているように思われてなりません。それは「子供のようにならなければ天の国に入ることはできない」(マタイ18・3)と言われていることでも分かります。

 それと言うのも、神さまは確かに人間に知恵を与えて、その知恵を使っていのちを運転するように配慮してくださったのだと思います。

 しかし子供はまだ知恵が十分に発達していないので、いのちの運転を全部任せたのではなく、神さまが直接運転しながら、徐々に運転技術の向上に応じて少しずつ譲って行こうと思われたのです。

 神さまの模範運転が見られるというのですから、子供のいのちのあり様が神の国をゲットするのにこれほど有効なものはないということになりましょう。

 そう考えると、わが教会の境内にある保育園の子供たちが見せてくれるお祈りが、どれほどすごいものであるかがいまさらのように迫ってきます。

 「マリア様お早うございます」。「マリア様さようなら」。

 確かに、園長先生や保育士の方々が懇切に教えてくれたので、形だけ祈っているという見方もありましょう。すぐ忘れてしまうと。

 いや、これは神さま仕込みの比類なき高等な祈りに違いありません。