『今日の』祈り

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ

 私は小さい鳥が大好きで、ツバメの巣はすぐに発見します。鳥たちがさりげなく人と暮らしているのを見ると嬉しくなります。

 でも、巣を見つけても人には決して言いません。1度悲しい経験をしたからです。何気なくそばの人に巣の話をしたのです。関心のない様子で聞いていたその人は見上げて確認しました。翌日、巣は跡形もなくなっていたのです! ヒナが生きていたのに。命があるのに。その建物の関係者が壊してしまったのです。それからは決して人に話さず、巣のそばでは上を見上げないようにしました。

 でも、ある朝、とても嬉しいことがありました。教会の帰り道、周囲に人がいなかったのでお店の軒下をそっと見上げました。何羽も並んだツバメは黙っていました。眠っていたようです。ふと、店の入口に新聞紙が重ねて広げてあるのに気づきました。端の方はレンガで止められており、白い糞がいくつも落ちています。私は喜びで一杯になりました。お気持ちがわかったからです。ヒナが飛び立つまでずっといていいよ、と言っているのです。ツバメの命を大事にしてくださった! 楽しい気持ちになりました。

 ツバメだけではなく、ありとあらゆる命はみな神さまが造ってくださったものです。特に人間は、神に似せて造られているので最も美しい命です。どんなに小さくても大切にしなくてはなりません。

 私は毎日祈ります。今日1日、小さくて、まだ目には見えない胎児を守ってください。どうか、神が信頼して母親に預けたその命を大切に育てることが出来ますように。そして、生まれてきた赤ちゃんや幼児がどれほど母親を愛し、信頼しきっているかを知ることが出来ますように、と。

『今日の』祈り

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

 ねえねえお母さん、今日、学校でこんなことがあった、あんなこともあったよ。そうそうお食事終わったら、後で新しいお洋服着せてもらえる? 夕暮れ時、台所に立つお母さんに向かって話す子どもの会話、微笑ましい光景です。

 子どもはお母さんが見えてなくても話します。そこにお母さんがいると解っているから。そしてお母さんの返事を聴こうとする...。お母さんが忙しくて話せないとしても、雰囲気や様子から察するのでしょうね。

 この場面を想いながら「お祈り」について考えてみましょう。カルメル会の聖人イエスの聖テレジアは、「祈りとは、自分が神から愛されていることを知りつつ、その神とただ2人だけでたびたび交わす友情の親密な交換にほかなりません。」と語ります。

 先程のお母さんと子どもとの会話を、神さまと自分に置き換えれば「お祈り」とは何か、解りやすいかも知れません。子どもは、見えなくても、そこに大切なお母さんがいると解ってお話しますから、私たちも、見えなくてもそこに神様がおられると意識して祈りましょう。

 では、どう祈りましょうか。子どもとお母さんとの会話の様に、私たちも今必要なことを神様に祈り、願われてはと思います。花のことを考えてみましょう。摘んだばかりの花は、瑞々しく素敵ですね。その様に今日のこと、今のこと、旬の出来事、願いごとを祈られては如何でしょうか。

 しかし言葉を出そうとしても、言葉にならないこともあるでしょう。お母さんがその様な子どもを受け止める様に、神様も受け止めて下さいます。言葉だけでなく、私たちの想いや願いを向けるのも祈りです。神への感謝・賛美とともに、神に心を向けてしばし祈りの時を過ごしてみませんか。


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