『今日の』祈り

植村 高雄

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> 「不安感は幸福へのシグナルだから、君たちは上手に自己分析をしなさい」と恩師が教えてくれました。今、感じている不安感の内容を上手に分析すると、その人独自の幸福への道筋が具体的にみえてくる、というお話です。

 どういう意味かといいますと、今、感じている不安感は、その人の理想と現実のギャップから生まれますので、理想、現実、ギャップ、それぞれの中身を点検し、具体的に、その内容を言葉にしなさい、という意味です。その分析をしている内に、理想の設定内容と現実の解釈が変だ、と気づくことがあるからです。

 人は時々、経済的な不安、身体への不安、更には宗教的な不安を感じるものです。若い頃の私の祈りの中身は、職場の人間関係、お金、難しい仕事に関することで、その祈りは今から思えば支離滅裂な祈りばかりでした。しかし、その体験のお陰で、今、人々の生き甲斐発見、という勉強会が展開出来ています。

 生身の身体を持つ人間がこの厳しい世界を生き抜く場合、今日の祈りの中身は、多分人には言えないドロドロした内容の祈りでしょうし、哀しい叫びのような祈りかもしれません。

 ご縁があり洗礼をうけましたが、私が信じる神様は愛そのもの、と言われています。愛そのものである神様は、私の毎日の祈りを暖かく優しく聴いてくださっていることでしょう。今は、心豊かな若い人々と勉強を楽しむ日々が続いています。

 今も昔も私の祈りの内容は、人には言えない内容ばかりです。

 しかし愛そのものである私の神様、宇宙の創造主、全知全能、十字架の贖罪と復活の神様、全てお見通しの私の神様ですので、なんでも安心して今日も祈っています。美しくない矛盾した私の心を正直に祈りますと、理由は分かりませんが、生きる喜びと幸福感が湧き出すのが不思議です。

『今日の』祈り

越前 喜六 神父

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 "今日ここに 生きるは神と わたしのみ"。

 「今ここに」という言葉があります。わたしたちが生きているのは、まさに今であり、ここであります。過去でもなければ、未来でもありません。一瞬に生きると言いますが、一瞬は永遠なのです。だから、キリストは、明日のことは思い煩うな、今日の労苦は今日で充分だ、とおっしゃったのです。

 不安や心配や思い悩みは、大抵、過去や未来に関係しています。多くの人の意識は、そういうことにとらわれているので、なかなか安らかに生きられないのです。人の幸不幸は、あなたの意識にあって、環境にあるわけではありません。それを多くの人は考え違いをしています。

 先日、栃木県の那須にある、女性のトラピスト修道院を訪ねました。完全な沈黙のうちに、朝3時半に起床し、晩の8時に就寝します。1日の多くは、聖堂における共同の祈りで、他は田んぼや畑や台所などでの労働です。そこには45名の修道女が生活しています。那須高原の大自然に囲まれた静謐な環境は、いわば地上における天国だろうと感じました。そして、そこでの修道女の祈りこそが、社会と世界の平和と安全を守っているような気がしました。

 わたしたちは、無論、隠遁者ではありません。世俗の真っ只中で生活し、働いています。しかし、そういうわたしたちが、今ここで安らかに、明るく、楽しく生きられれば、それが、「今ここで」神と共に生きる天国なのではないでしょうか。

 それには、必ず祈りが必要です。祈りには定義も方法もありません。ただ、今ここで神と共にあるということを意識して、神さま、あなたが大好きです。どうぞ必要な恵みをお与えください、と祈ればいいのです。


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