わたしのクリスマス

松浦 信行 神父

今日の心の糧イメージ

私が司祭になってすぐの仕事は、養護施設のシスター達の霊的な指導者となることでした。

 ある時シスターから、「クリスマスイブに子供達自由参加の深夜ミサの司式、お願いできますか?」と依頼がありました。私は、受諾し、養護施設の子供達のために、ほかの仕事を午後や夕方に回し、万難を排して子供にも分かりやすいようにミサ準備をするようにしました。

 さてミサの時間となりました。大きな子供達が後ろの方に座って待っていました。そして、幼稚園の子供や小学校の低学年の子供達が前の方にいました。子供達の目は皆、らんらんとしています。それは、1年に1度、誰からもしかられず、夜中に起きていられるからです。そうです。子供達にとってクリスマスは特別な日なのです。

 ところが、しばらく経つと、退屈し始めたのか、疲れたのか、小さな子供達が、睡魔に襲われ始め、船をこぎ始めました。眠くなった目をしっかりとまばたきで押さえようとする子供もいます。上を向いて口を開いて眠っている子供もいます。小さな子供には、深夜起きているのは無理だったようです。

 それで、次の日のクリスマスのお祝い会の時、昨日眠っていた子供達に聞きました。「昨日眠くて大変だったね。」ところが子供達は「ううん、眠いのつらかったけど楽しかったよ。」と、皆楽しそうに眠気と戦う様子を披露してくれたのです。

 クリスマス、1年の中で自由に礼拝式に出席し、眠っていたとしても、その特別さが感じられる時を、一緒に過ごすことができた素晴らしい体験。そして、この特別さを教えてくれた子供達への感謝が、今でも私の心に深く刻まれています。

わたしのクリスマス

越前 喜六 神父

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わたしのクリスマスは、1949年、新制高校の1期生として19歳で卒業した年に受けた「洗礼のクリスマス」でした。

 わたしは幼稚園のときに、クリスマスを経験しましたが、薄暗い聖堂のせいか楽しい思い出はありませんでした。けれども、10歳のときに父親を亡くし、それがきっかけで姉のキリスト教の話を聞いて、そくざに信じました。そして、どうしたら天国に行って救われるのかと真剣に考えました。すると、ある本に「祈ることだ」と書いてあることに気づき、姉から祈りの本を貰って、熱心に祈りました。しかし、教会が町になかったこともあり、そのときは教会に行こうとは思いませんでした。

 こうして数年が経ち、学校を卒業することになったので、故郷を離れて、兄が出版業をしている信州、長野を目指して出発しました。

 その途中、新潟県から長野県に入る辺りで、車窓から万年雪を抱く北アルプスの山並みを見たとき、なぜか教会に行って洗礼を受けようという衝動に強く駆られました。そこで長野市の善光寺の近くにある兄の家に落ち着くと直ぐに、教会を探しました。ドイツ人の宣教師はわたしを快く受け入れ、クリスマスに洗礼を授けることを約束してくれました。それで、安心して半年間、要理を勉強しました。

 クリスマスイブ、長野市は雪が降っていました。そんな中、数人の友だちと共に洗礼を受けました。特別な感激はありませんでしたが、深夜、雪の降る静かな中央通りを独りで歩いて帰路についていると、内心、深い喜びと平安と自由な気持を体験しました。

 そして、人間が洗礼によって神の子となるために、神の御子、イエスが誕生された神秘を理解することができました。


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