2018年12月07日の心の糧

わたしのクリスマス

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ  2016年のクリスマス、私は「心のともしび」も放送されているニッポン放送の24時間番組「チャリティー・ミュージックソン」に出演しました。そして、視覚障害者への「声かけマニュアル」を監修し、ミュージックソンのホームページに掲載していただいたのです。

 近年、視覚障害者が駅のホームから転落して命を落とす事故が相次ぎました。これを受け、駅係員や乗客に「積極的な声かけ」を呼びかける動きが広がりました。事故への悲しみのなかで、社会全体が交通弱者の命に、より真剣に目を向け始めてくれたことは嬉しく思いました。同時に、その機運が長続きしてほしいと強く願い、ラジオでもその気持を伝えました。

 あれから、駅や道で声をかけ、手を貸してくださる方が増えました。「ここは1人で歩くほうが安全」というときに「ノー・サンキュー」を言っても「せっかく声をかけてあげたのに」と叱られることが少なくなり、自然に受け止めていただけるようになりました。

 いままでは「特別なお願い」だった駅での誘導や見守りも「普通のお願い」に変わりました。駅員さんたちがこれまで以上に自然に気持よく助けてくださるようになったのです。おかげで、電車が止まって慣れない駅で降りることになったときや、ラッシュアワーにちょっとだけ見守りをお願いしたいときも、安心して「お願いします」と言えるようになりました。

 やっとここまできた、というのが正直な感想です。

 ささやかな働きでしたが、クリスマスの、声かけマニュアル作りは、神様からの素敵なミッションでした。以来、私は大学の講義などでこの問題に積極的に触れるようになりました。

 こうして、2016年のクリスマスは、私にとって大きな1歩となったのです。

2018年12月06日の心の糧

わたしのクリスマス

シスター山本 久美子

今日の心の糧イメージ  キリスト教とは無縁の家庭で育ったわたしにとってのクリスマスは、ただの外国の行事でした。子供の頃は、せいぜいサンタクロースというキャラクターが親しまれて、ケーキやお菓子の詰まった長靴をたまに買ってもらったというくらいで、何のお祝いかもはっきり知りませんでした。しかし、カトリック系の中学校に入学したことから、クリスマスの本当の意味を教えられ、「わたしのクリスマス」は少しずつ意味のある日にと変わっていきました。

 クリスマスは、救い主イエス・キリストの誕生を祝う日です。当日を祝うだけでなく、その日を迎えるために「待降節」という期間があり、心をこめて祈り、準備することも教わりました。誰かの誕生を心から待ち望む祈りの心、心静かに待降節のローソクに火をつけ、主イエスの誕生の場である「馬小屋」を飾り、キリスト誕生の聖劇の練習をし、いろいろなことを整えていく静かな喜びも初めて経験しました。

 中でも、待降節の間、クラスメートの誰かのために祈り、黙って何か心の贈り物をする実践を通して、主イエスがお生まれになったのは、他者の「愛」となるためだったと気付かされたのは、「目から鱗」のような体験でした。

 修道院では、共同体で、クリスマス・イヴまでの9日間、1年の間にお世話になった全ての恩人の方々を想い起こし、「ノヴェナ」と云われる特別の待降節の祈りを共に捧げて、クリスマスを祝います。クリスマスの修道院の雰囲気は特別です。

 クリスマス・ノヴェナの祈りで、1人ひとりの心に主イエスがお生まれになり、その愛で満たされますようにと願いながら、多くの人々とのつながりを味わう日となっています。


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