▲をクリックすると音声で聞こえます。

分岐点

橋本 勲 神父

今日の心の糧イメージ

人生の分岐点とは、人生を大きく方向転換させる分かれ目ということになりましょうか。

実人生はそんなに劇的な転換点など滅多に訪れるものではなく、地道な積み重ねから成っているのも事実です。

それでも、ささやかな分岐点の記憶があることも確かです。

あの日の昼下がりの出来事は、今にして思えば、1つの分岐点だったという気がしてなりません。

もう30数年も前のことですが、ウィルス性肝炎の治療のために病院に通っていた時のことです。

ふと立ち寄った本屋さんで、何の前知識もなく、1冊の本を取り上げ、何気なくあるページを開いた、まさにそこに、ある若いドクターの自分自身の肝炎治療の体験が記されていたのです。

その内容は、自分の専門のやり方ではどうにも解決することが出来ず、他人の病の治療を生業とする自分が、自分の病さえ治せず、悶々としていた時、全く自分のやり方とは違う治療に出会って解決した体験が綴られていたのです。

それは、普通病人は安静にして無理をせずというのが常識なのに、その真反対の、安静を止めて、食べ方と運動を取り入れ、玄米採食1日1食、10キロジョギングをせよというのですから、にわかには信じられない治療法です。

私がもし、袋小路の中で行き詰っていなかったら、簡単に読み過ごしていたことでしょう。

早速その病院を訪ね、食べ方および運動の仕方を学び、格闘すること約半年、ついにセミが自分を包む古い抜け殻を脱皮していくように、病抜けを実現したのでした。

いま、後期高齢の仲間入りをしてなお健康で生きながらえているその分岐点は、あの昼下がりの本屋さんの一種のけだるさの漂うたたずまいだったと、時々想いを噛み締めるこの頃です。